
きのうは夕方までうだうだしていたのだが、勇気を出して外に出たら元気が出てきて、ひと安心。
疲れて荒んでる時に街に出たらイヤな目に遭いやすいが、街の中の活気が厭じゃなかったら、ちゃんと雰囲気にハマるらしい。
それで世界堂にいって、カラーインクとペン先を買ってきた。年賀状の返書をするため。
ペン先はカリグラフィー用。
上京してしばらくの頃、なかなか仕事が無くて、ミニミニ自営でフィッティングモデルをしてた時に、デザイナーさんに頼まれて洋服のタグのデザインをしたことがあって。
その時に筆ペンでカリグラフィーをやるハウツーものを図書館で借りてきて……ということがあった位で、勉強したことは無いんだけど。やってみたら楽しかったですよ。グニャグニャだけどね。練習の方がカリグラフィーらしく出来たけど、本番だと単にドローイングになってしまうのが、俺の哀しいさが。
こういうのも、ものすごい奥深い世界なんだろうなあ。
変わったこともたまには必要だなあ。
ここでなんでmacでやらないんだ?という大きな疑問が出てくるけど……。アナログやねん、たぶん猛烈に。
あと、年賀状を書くといつも思うのは、宛名を書く方にまでインクが滲みたり、汚れたり、ヨレヨレになったりして、ものすごいライヴ感……!(モノは言い様だよな、まったく……)になってしまう。これは子供の時からなんだけど。汚すのもあるけど、なんかパワーがはみ出すの。年賀状に限らず、搬送の日報もなあ……。っきゃさんに『男らしい……』って呟かれたことあるしな。
そういや料理とかでもそうだよな。ファイヤーがありすぎんだよ、たぶん。
まあ、楽しかったと云うことです。
あと、きのう昼間は『整体から見る気と身体』(ちくま文庫/片山洋次郎著)を読みなおしていたのだ。
それで多様性というのか、みんなそれぞれ気になることも、やりたいことも、やってしまうことも違う訳だから、他の誰かに対してカリカリしてもしかたないんだなあと。理屈では仕方ないなあと思いつつ、ブログではヒスってますけど。
その上で、自分の気になることを活かしていかないとやっぱり何のために団体行動してるのか判らないと思って、活かし方を考えてた。
やっぱり正直に物事に当たるしか無いんだろうなあ、私の場合だと。
仕事について考え続けていたことで、結論までいかないが、有効かも?と思うのは『スタンダードな部分が確立すると楽かも』ということかなあ。
たとえ話になるけど、こだわりのラーメン屋さんというのがあったとして、1日に提供するラーメンが150杯あったとして、150杯のラーメンが均一のお味であたり前なんだけど、うちの現場はそこらへんがバラつき過ぎな気がする。
同じレシピで同じ道具で同じ人がやってても、味がばらつくというのは、実は何処かが抜けてたりやってなかったりする訳で、味が均一じゃないのを恐れて一鉢ずつ味見して廻ってるようなもんだよな、と思う。(それでお腹いっぱいになった上に栄養が偏るんだな。おかしい、こだわりの店なのにって怒って疲れたり。)
ほんとうはレシピ通りのことをやってれば、そんな味見なんて必要ないんだけどさ。
その辺でみんな疲れてたり、信頼感が薄れたりするのかも知れない。まあ、自分もそうなんだけどさ。
1日ずつクリアしながら力を付けていきたい。搬送に関してはそうするつもり。みんな頑張って〜。
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