東京大空襲を止めたければ、昭和十六年に頑張っておかなきゃだめだし、昭和十九年になってんなら、もはや、防空壕を掘って生き延びる手立てを考えなきゃいけない。…わかりにくいかもわからんが、僕は、そんな感じで、今回の参院選を眺めてる。
— noiehoie (@noiehoie) 2013, 7月 20
@noiehoieさんという人のツイートを引用した。生粋の右翼で市民運動家というか東京大行進の主宰をしたり、在特会の『おさんぽ』を阻止するためのカウンタをやったりで可成り頑張ってるなあという印象でツイッタのアカウントを見ていた。最近はツイート控え中のようだが、実家が意外に近そうだとかゆー理由で親近感もあるので、身体に気を付けてはげんでほしいな、と思ってる。
独特の勘というのか、時代を見る目というのが上のツイートに表れてる。つまり、もうことごとく『日本の社会』は『日本の現状』について行けなくなっていて、何もかもが後手にまわり、すぐそこまで沈んで行って足元がぬかるんでいるということが本当によく解るのだ。
去年12月の衆議院選のときは、まだ、なんで自民が勝つねん!という苛立が強かったし、近所の投票所にはかつて見たことも無い行列が出来ていたし、市民の間に熱が在ったように思えた。しかし7月の参議院選のときの『終わったな』という感じ。……それも今となってはウブに思えるほど事態は深刻になっている。
12月にはいって特定秘密保護法が国会で成立し、
関東大震災→治安維持法→太平洋戦争
東日本大震災→特定秘密保護法→次の戦争?
という図式がいやんなるほどはっきり見えるにいたった。疑い深く見ないと気がつかない位さりげなく対中感情の悪化を招くような報道も日々地道にされているし。
そんな日々の中、職場や町中で見る普通の人たちは、未だにのんびりと暮らしていてる。『高校の授業料が有償になったね、ショックだよね。』とシングルマザーに声をかけると、そうとう大変そうなリアクションがかえったりするが、大抵の人はまだまだ対岸の火事といったところか。
東久留米市の市長選が先日あって、ツイッタでは自民、維新、共産の候補者のうち、共産党を応援しよう、自民にNOと言おうというムーブメントが起きたけれど、それでも自民が当選した。
投票率も低く(34,55%)有権者約9万人のうち、6万人が棄権したことになる。
いったい、6万人のうちどれだけが、寝たきり老人であったり食中毒や急用やらで当日動けなかったのだろう。
それをみてつくづくと、こりゃ日本人の自堕落は相当酷いなと思わずに居られなかった。
安倍政権を倒そう、という人たちも居る。
しかしながら、前にもブログで書いたけど、いまだ首都圏で居る人々を潜在的支持者として安倍政権はとりこんでいるだろうし、若干内閣支持率が落ちても高め安定だろうし、何処の政党であれ、東京の汚染ということをいわないうちは福島は見捨てられたままだという見通しが自分にはある。
abaddonと思うようになった。
ここのところ、共産党員になりませんかと誘いを受けているのだが、日本を良くして行こうということも、自民の対抗勢力ということもよく解るのだけど、とにかく何もかもが遅すぎて、『逃げる方が早いって』と思ってしまう。
こういうすべてのことが、ひとつの文様となって大きな歴史をいろどってるんだろうけど、歴史というも思想というも、依って立つ国土というか環境あってのことで、ただ政治が腐敗してることだけならまだ希望はある。
靖国参拝をとつぜんして国際的に(中国、韓国、EU、アメリカなどなど)からどん引きされたりしつつも、日本は行き着くとこまで、満足したところまで進んで行ってしまいそうな気がする。そして、ぼろぼろになってから『すいませんけど、原発の面倒みられません。だれかやってください』と言うんだと思う。たぶんね。
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