我慢中毒

さいきんは我慢中毒のコドモについて考えてる。
コドモというのは、年齢とか体格の事ではなくて、在り方が子供ということ。
何を隠そう、自分もそうだったので(たぶん)考えるのは大変だ。

我慢してれば居場所がある、我慢しているのが仕事なんだって云うか。
でも我慢というのは到達点ではなくて手段なんだよと。

そういう事を外科手術的に考えたいんだけど、大変だ。
帰ったら書きます。(そこか!)
今日も暑いです……。


帰ってきました。
昼間、休憩時間の少し前に(ウチらの休憩は13時から)地震があったらしい。
震源地は多摩東部で(ほとんど直下ちゃうんか)最大震度4で町田。おりゃあ。
でも作業員さんもフォークメンも『気づかなかった』の大合唱。
調べてみたら町田市役所と町田市中町で震度が違うのが凄く不思議だった。
町田市役所の所在地、それは町田市中町なのだった。
同じ町内で??。


さて、我慢中毒のコドモに関して考えたこと。

我慢中毒の人を責めたいのではないと思うが、じぶんも沢山その要素をかかえているので、我慢中毒の人を見るとイライラする。
そして自分の意見を押し付けたくなる。

『苦労いうのはなあ、結果を出せてこその苦労やねんな。結果に結びつかへん苦労は、それはあんた、徒労や。』と。
でもそのシステムはとても強固につくられているので、なかなか解ってもらえない。

もう……ずーいぶん昔の事になってしまったが、知人の女友達に『いいお母さんになるのが夢』という子がいた。(その子ちゃんと仮名)当時28歳の地方出身者だった。

その子ちゃんには彼氏らしき人が居て、定期的にご飯を食べたり寝たりしていた。私は『それは彼氏やろ?』と言うのだが、その子ちゃんは『彼氏じゃない。関係がはじまったときに相手には彼女がいたし、他人行儀で敬語で話してしまう。いまは彼女と別れたらしいけど、そのことを確認出来ないし(←コワくて)自分を彼女にしてとか、自分の彼氏になってとか言えない。相手は一生のうちで一度でも結婚したいと云うビジョンは無いみたい。』と言うのだった。でもその相手を可成り気にいっているようだった。

男女のことは、お互いにだって解らない部分があるから、知人レベルの私がとやかく言える筋合いではない。
それでも、関係が不透明すぎて疲れ果てているのを見て、言ったことはある。

『いいお母さんになりたいのなら、今がラストチャンスやろ?、年齢的に。まあ、猶予は沢山あるけど、子供産みたいならウカウカしてられへんやろ?。彼氏さんに確認してみたらどう?自分がやるしかないんで?。』
この場合、いいお母さんになる、というのが到達点でコワいなあ……と思う自分を乗り越えるのが努力。
断わられた時に『じゃあ別の人探すか!』と方向を変える事も努力。
なんとしてもその人を説得したいなら、そうするのも努力。
その人との関係の新しい方向性を見つけるとか、夢を練り直すのも努力。

でも、その子ちゃんは『確認しないで我慢する』を選択してしまう。何度も何度も。
そうなってくると、『気が小さいので本心が言えない、大人しい子』という看板ではあるが、『ただ単に性的にだらしないだけやろ?』という風に見えてきて仕方がなくなる。

でも本人にとっては『とにかく、すごく我慢をしているから私はいい子なんです。そして私はいいお母さんになるんです。』というスタンスを大要塞にして出てこようとしない。そんな論理は破綻しているんだが、カードが底をついていて、人生を切り開こうという気力が一滴も湧いてこないようだった。

その子ちゃんとの関係は途絶えてしまったので、その後どうなったかは知るすべはない。
そして、『その病的なところを!どうにかせい!!』とも言えないなあ……、誰だって自分の天国と地獄を生きて、胸のなかにデーモンを抱え込んでるわけだから……と思う。
私だって、現実的にやるべき努力を一体どれだけ放棄してるかわからないから。


問題は。そういう我慢スパイラル中の人と『自分の常識を譲らずに、何かを共有したり意見を述べたりする必要が出てきた時、どうアプローチするか』ということ。
うんうん考えた。
もの凄く画期的な解決策は浮かばない。
でも一番いいのは普通に接することかな、と思う。

*ふつうの人がだらしない事をする→だらしないで、と云う→気持ちが通じる。状況が明らかになる。
*我慢スパイラルの人がだらしない事をする→だらしないで、と言いづらい。ここがポイント!!。

我慢中毒の人が持っている陰の影響力、それは『俺に真実を語るんじゃねえ!』という無言の圧力。『だらしなさ』がもたらす悪影響よりも、この圧力が周りの人には堪えるんではないかなあ。
ここは一つ、淡々と『それ、だらしないんちゃうかな?と私は思う。』と、オルゴールみたいに繰り返すのがいいかも知れない。

まあ、暫定的な考えですが。

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