平和と自由のための12時間の断食、参加しましたよー。
断食というと、釈迦の苦行中の彫刻を思い出す私だが、
http://www.arslonga.jp/monthly/hand/hand024.html
こんなにやせ細る事もなく(あたり前だってーの!)無事終えました。
そして、12時間(朝7時から夕方19時)と云うが6時45分頃に朝ご飯をシッカリ食べてたし、夕ご飯が19時すぎな訳で、じっさいのところ、昼ご飯抜き+おやつ抜き+嗜好品抜きというだけなのだ。
つらかったのは体調が悪くて、眼精疲労と肩こりがここぞとばかりに出てきた事。
お腹すいてエネルギーがないから対抗出来ないのか、断食=デトックスと云うことで毒が出てきたのか判断がつきかねるが、その調子をととのえるのに一生懸命になった12時間であったよ。
頭マッサージしたり、グルーミングしたり、整体の本読んだり(でも目が辛いから飛ばし飛ばし)うたた寝したり、アロマオイルたらした蒸しタオルで肩を温めたり、足温めてマッサージしたり、レイキしたり(でもあんまり流れないんだ!)思いつく限りの事をした。
で、結果痛いのは治らないが平和な気持ちになってきた。自分の身体と親しんだ12時間。天晴だ。(そうなの??)
そして19時以降になって、冷凍保存のカレーを食べてバファリンを飲んだ。あっという間に痛いのが治った。
うう。
その後ゆっくり眠りましたとも。
断食というものはヒマだ。
そのことを初めて知った。
時に修行する人は死に至る断食をするが、12時間程度で死ぬというのは成人女子だと殆どないだろうし、昼とおやつくらいでは禁欲としては序の口だろうし。『死んだりしない』という前提と『食事の段取りをしない』ということが時間に余裕をもたせるものらしい。
お腹が空くのを避けるのに派手なアクションはしないし、殆どジッとして過ごす事になる。
自分の場合、もしかしたら食べるというのは死なないために食べてると云うか、死の恐怖を隠すための手段なのかも。
だから食べないとコワくなるんだけど、『この程度では死なないから』と言聞かせてやった気がする。
もっと言うと、一日三回は『死にたくないから食べる』というアクションをしてるわけで、それって『生きてる喜びとして食べる』という考えに比べたら凄いネガティブと云うか、消去法の行為だなあと思った。
さらに仕事するのも『食べて行くために仕事してる』と云うと『死にたくないから食べる、食べるために仕事してる。イコール死なないために仕事してる』ということになり、気まずいほどネガティブな世界に。
毎日毎食食べながら、そういうネガティブなマインドコントロールを己に施していたのかと思うと、気がつけて善かったよ!。
やっぱり一見阿呆のように見えても『食べるの純粋に好き』とか思って食べたいものです。
それと、断食をするにはやはりきちんとした時間割が必要だと思った。
何気にぶらぶらしてるのって、単にだらしない休日みたいになってしまう。
それに断食中に身体がしんどくならないために、普段から調子を整えていかないとダメだし。
断食開けの御飯はおいしかったけど、明くる日の朝ご飯の方がおいしかった。
コーヒーも。
今回の断食法要にはダライ・ラマさまも参加されてて。世界中で同じ事をした人がいるんだなあと思うと凄く意味深く感じます。
これで、中国の共産党が酷いことをしなくなるかと云うと、やっぱりそんな事ないかもしれないけど、少なくとも森は平和な気分になったし、チベットの支援者の心も固まったかも知れない。
オリンピックも終わった事だし、一つの区切りになったかも知れないなあ。
断食というと、釈迦の苦行中の彫刻を思い出す私だが、
http://www.arslonga.jp/monthly/hand/hand024.html
こんなにやせ細る事もなく(あたり前だってーの!)無事終えました。
そして、12時間(朝7時から夕方19時)と云うが6時45分頃に朝ご飯をシッカリ食べてたし、夕ご飯が19時すぎな訳で、じっさいのところ、昼ご飯抜き+おやつ抜き+嗜好品抜きというだけなのだ。
つらかったのは体調が悪くて、眼精疲労と肩こりがここぞとばかりに出てきた事。
お腹すいてエネルギーがないから対抗出来ないのか、断食=デトックスと云うことで毒が出てきたのか判断がつきかねるが、その調子をととのえるのに一生懸命になった12時間であったよ。
頭マッサージしたり、グルーミングしたり、整体の本読んだり(でも目が辛いから飛ばし飛ばし)うたた寝したり、アロマオイルたらした蒸しタオルで肩を温めたり、足温めてマッサージしたり、レイキしたり(でもあんまり流れないんだ!)思いつく限りの事をした。
で、結果痛いのは治らないが平和な気持ちになってきた。自分の身体と親しんだ12時間。天晴だ。(そうなの??)
そして19時以降になって、冷凍保存のカレーを食べてバファリンを飲んだ。あっという間に痛いのが治った。
うう。
その後ゆっくり眠りましたとも。
断食というものはヒマだ。
そのことを初めて知った。
時に修行する人は死に至る断食をするが、12時間程度で死ぬというのは成人女子だと殆どないだろうし、昼とおやつくらいでは禁欲としては序の口だろうし。『死んだりしない』という前提と『食事の段取りをしない』ということが時間に余裕をもたせるものらしい。
お腹が空くのを避けるのに派手なアクションはしないし、殆どジッとして過ごす事になる。
自分の場合、もしかしたら食べるというのは死なないために食べてると云うか、死の恐怖を隠すための手段なのかも。
だから食べないとコワくなるんだけど、『この程度では死なないから』と言聞かせてやった気がする。
もっと言うと、一日三回は『死にたくないから食べる』というアクションをしてるわけで、それって『生きてる喜びとして食べる』という考えに比べたら凄いネガティブと云うか、消去法の行為だなあと思った。
さらに仕事するのも『食べて行くために仕事してる』と云うと『死にたくないから食べる、食べるために仕事してる。イコール死なないために仕事してる』ということになり、気まずいほどネガティブな世界に。
毎日毎食食べながら、そういうネガティブなマインドコントロールを己に施していたのかと思うと、気がつけて善かったよ!。
やっぱり一見阿呆のように見えても『食べるの純粋に好き』とか思って食べたいものです。
それと、断食をするにはやはりきちんとした時間割が必要だと思った。
何気にぶらぶらしてるのって、単にだらしない休日みたいになってしまう。
それに断食中に身体がしんどくならないために、普段から調子を整えていかないとダメだし。
断食開けの御飯はおいしかったけど、明くる日の朝ご飯の方がおいしかった。
コーヒーも。
今回の断食法要にはダライ・ラマさまも参加されてて。世界中で同じ事をした人がいるんだなあと思うと凄く意味深く感じます。
これで、中国の共産党が酷いことをしなくなるかと云うと、やっぱりそんな事ないかもしれないけど、少なくとも森は平和な気分になったし、チベットの支援者の心も固まったかも知れない。
オリンピックも終わった事だし、一つの区切りになったかも知れないなあ。
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