カルマ、思いやり、サイコパス

一週間、駆け抜けた感じ。
中盤からは息切れ。と、年かも。その割にやり通せたのはすばらしい。

昨日休日出勤した時に、元・研修の人と少し話したが、そんなに大層なハプニングもなく上手くいっているらしい。
仕事内容は、私が見てる分には5周より少し走っていると思うし、落ち着いてやってるので、必要最低限の事は伝わったのかな、と一安心。トレーラーポートは全部で6カ所あるのだが、量がすくないからか、3カ所まわるだけでいいらしい。
研修してるときより落ち着いてるので、なんか大騒ぎしたけど丸く納まったのかな??という印象。よかったよ、本当に。


自分が怒るということの、パターンを解析しているところ。

きのう、なにげにブログに『そういうカルマ』と書いたけど、あんまり表立って怒らない自分が怒ってばかりというのは、なにか大きな課題がそばに控えているからではなかろうか。

それは、いつも人に振り回されて自分の事をお座なりにしてきた自分の生き癖が出そうになってますよ、という警告でもあるだろう。
考えただけでも、怒りと恥ずかしさでマッ赤になる感じだが、大抵、私を振り回そうとする人は『私を振り回す必要なんてコレっぽっちもない。』人たちなのだ。
つまり、私がその人の言う事を真に受けようが、受けまいが、その人は『痛くも痒くもない』ということ。
いかにも困った風に『もりちゅああん、あのさあ……。』と言ってくるが、そりゃ単に暇つぶしに過ぎない。

早い話が、相手はサイコパスなのだ。
のせられる自分が一番あほなのだ。(何たること!)
お願いです、お願いです。私にモノを言うくらいなら、部屋の隅っこのスヌーピーのぬいぐるみにでも言ってください。

サイコパスについても少し考えた。
その人たちは独自の世界を生きている。
脳の癖と言うか、構造がサイコパス仕様だから、社会に適応出来ないことを繰り返したり、呼吸するように嘘をつくのも、自力では止められないわけだ。
おかんに聞いた話で思い出すのは、中国のラストエンペラーは市井の人になった時、衣服の脱着も自分で出来なかったらしい。少しずつ自分で自分のことをやるようになったある時、電撃のように『自分も他人も人間なんだ!』ということが判ったらしい。

(この話は子供の時におとぎ話のように聞かされたから、何か文献があるとかそういうわけではないが、そういうこともあるかも知れないと記憶に残っている)

ラストエンペラーでさえ気がつけることに気がつけないのがサイコパスの人たちだと思う。
存在がそうだから、『何でやねん!』とおもうことはムダな悪あがきにしかならないし、その人たちだってある意味被害者な訳だ。

ダライ・ラマさまの言葉を読んでみた。
一貫して非暴力、怒りで報復しない、思いやりを持って接すること、理性を働かせること。
よく言うわりに私はカルマのことを判っていないが、『やったことが還ってくる』と単純に見た時、わたしはよっぽど人を振り回してきたのだろう。
*人を振り回してしまう。
*巡る因果で別な機会に振り回されてしまう。
*振り回されることについて学習する→カルマの解消
*振り回されることについて報復する→新たなカルマの発生。

よくいうように前世で悪いことしたから今こんなだよ、というと、自分は前世の記憶がないから、作った記憶もない借金をずううっと背負い続けているような気分になる。
しかしまあ、借金は払いきってやっとこ0になるだけだが、カルマは『ああ、このことに気づけたよ、少し賢くなったよ』と納得さえ出来れば0以上の所に行けるだろうし、グンと生きて行きやすくなる。そこがお得な感じ。

しかも、そのカルマがその機会に解消されないのなら、環境やメンツが変わっても次々に同じような事件が!厭になるほど発生しつづけるという現象が起こってしまう。
いま、ココで出来る限りの学習をしてしまうこと。とにかく落ち着いて。


で、ヒツコイようだが、相手がサイコパスだった場合。
実直に思いやりを示すと、生活がメチャクチャに侵食されていくので、あくまでも立ち入らせないというのがツボ。
サイコパス系のひとにとって、思いやりというものは対人関係でおとりのように使うだけなので、思いやりを思いやりのまま差し出すと『こいつは俺におとりを使っている!』と思うだけなので、効果はまったくゼロ以下。
そして、本人が『もりちゅあんは煮ても焼いても喰えねえ』と思ってくれたら、私が自分の本筋に戻れば、それで大団円だと思う。(マジで!)
その人の生きた後には食い物にされた人たちだけが残されるだろう。(酷い!)
でもカルマという点で言えば、『やったことは還ってくる』し、もっと言えばサイコパス系の人たちは周りの人たちに学習出来る機会を体当たりで与えてくれていると言える。


たちの悪〜い人に当たちゃった場合、そうやって逃げ切るしかないと思う。お念仏は効きますよ。
もっともたちの悪い人、それは『この人……たち悪いんじゃ?』という疑念も抱かせないです。完璧です。そのために全エネルギーを使ってるから。(ああ、なんでこんなこと判るんだ……前世サイコパスなのか?。)

たちの悪い人に出会わないためには、たぶん、人生を肯定的に捉えることが効くんじゃないかな。
『この世なんてゴミ!』と思ってたら、その部分にアクセスしてそういう人は寄ってきます、仲間と思うのかな?。

そんなわけで、わたしはただその人を無視するだけじゃなくて、自分が良いと思ってることを一生懸命します。
無視は、情動的に組しないということ。情報を信じないということ。
アラームはONのまま。

あとはちょっと自分のクリーニングしないと。随分険しくなっちゃったからねー。

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