緊張、緩めることの反動

もう夜だ!。
今日は休日出勤で、しかも夕べの天気予報では降水確率100%という根性の入った天候。
実際は昼過ぎに雨は上がってしまったが、何日も雨ふりなのでグンニャリ。

でも仕事自体は上手くいきました。残業じゃなかったし。
フォークもほんとうに久しぶりに乗った。久しぶりだけど、わりとちゃんと動かせたなあ。

今日で退職、というトラックドライバーさんがいらして、これからは年金暮らしだよ、とのこと。
一つの仕事をずっと続けて、定年まで無事に働き、年金暮らし……というと、私には出来ないかもしれない。妬みではなくて。
自分の意志もあるだろうし、世の中の仕組み的なものもあるだろうし、運び・運ばれていくものがなければ、そんな風には生きていけないもんだと思う。
とてもおめでたいことだ、おめでとうございます!と脱帽最敬礼で寿いだ。
毎日ニコニコして、去年、春が来た頃には『寒いのによく頑張ったね!』とねぎらって下さった。
私はすぐ環境の文句を言うが、トラックドライバーさんはもっと厳しい条件で働いてる人が大半なのだ。
『こんなのやってらんねー!』ということを改善したり、堪えたり、工夫したり、たまにはヤケになったりしながらも、世の中を良くして来たのは、こういう人たちだというのは間違いないと思う。
最後に『幸せになってね!』と言葉をかけて下さったが、難しいような、簡単なような、丸ごとの感じだ。


ここのところ、自分の身体のことばかり考えていて、言語化出来ないことばかりだ。
しゃっくりが出る感じとか、げっぷの出る感じを幼児さんが、やむなく『いたい』と言うことがあるらしいが、それに近い。
『言い表せられない』と云うことで、保留に出来るようなもんではなくて、情報量としてはとても大きい気がする。無視出来へん。

特にやってることは、
朝と寝る前に真向法の柔軟をすること。
搬送中は、暇があったらスワイショウをすること。
トラッキーに乗る時は骨盤を立てるようにして乗ること。
そんな位なのだが、ものすごい早さで治癒がすすんでる気がする。やたら水を飲むので、いつもよりレイキは廻っているようだ。

背骨関連で痛いというのは無くて、あったとしても、一瞬じーんとするくらい。
そもそものキッカケになった首の違和感は、きのう荷下ろしの最中にスワイショウしていたら、こつん・こつんと音がしてキチンとハマった感じがした。その音が頭蓋骨のてっぺんに響いてすごく気持ちよかった。こ、骨伝導!。
ホントにあちこちに症状が出て、すっと引く。これ、無意識に行われてるけど、意識してやってたら他のことなんて出来ないだろうな!。てんてこ舞いだと思う。

それから、忘れてたが色んな身体の災難……、前の倉庫で荷物の崩落(……)の下敷きになったこととか、子供のとき川に3度も!おなじポイントで落ちたこと(そのうち2度は自転車ごと)も思い出した。

だいたい、交通事故のことでさえ『ああ、そんなことがあったよな』で済ませすぎだ!、自分よ!。
でも毎日忙しいんだ、そればかりでは生活出来ないんだ。自己憐憫でうごけなくなるのも、ばかばかしい。
話には聞いているし、まあ、たぶん本当のことだろと思ってはいたが、ショックというものは凝縮されて身体の中に潜り込んでいくんだな。あの事故、終わってない!。
でも相手のこととかが憎いとかではなく、ただただ、ビックリ仰天したままなんだと思う。痛さに対して、怖さに対して、処理出来てないんだと思う。
それが骨に始まって、筋や内臓に強ばりになってるんだと思う。たぶん、そうやって自我を保って来たんだろうな。
もう終わったからいいよ、と熱心に言ってやらねば。

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