今朝、地震があった。群発してるなあ。でも東海が震源ではなくて八丈島の方なのだった。
この夏休みのさなか、地震のせいで伊豆あたりの観光業界は大変かもしれない。前に新潟もそんな風だったらしいから、あり得る話だ。
じゃあ、おまえ伊豆の温泉でも行ってこいよ、と言われたら、いや〜、今はちょっと……とやっぱり思う。
行くならちょっと落ち着いてから、と思っちゃうなあ。自分の本音もたいていの人の本音もそうだろうな。
神様にお願いするなら『はやく地震が落ち着いて、元のにぎわいが戻りますように、行ったことない人も遊びに行く気になりますように』という感じが一番フラットかなあ。
身体はどんどん元気を取り戻してきました。よかった!。
日頃、わけわかんないこと考えて摩耗してたからなあ。
もはや引きこもりのような生活だが、何が良いって、変な目で見られたりしない。
一応空気は読めるけど、場に流されないようにして、ふつうに働いてるのだが、それでもシンドイナーと思う。
(場に流されたらふつうに働けなくなる、というのも凄い。)
じぶんの精神がおかしくなるか、仕事がテキトーになるか、という崖みたいなのがあって。
まじめに資格を生かして働いてれば結果は自然とついてくるし、心配なんかいらんと思って頑張ってきたけど、そのことでドンドン働きづらくなるとは。
でも、それが至極もっともな論理なのかというと、そうじゃないから、流されないようにしつつ、会社勤め以外の活路がないとダメだとおもって、かなり考えていたのだ。
それで、今はあんまり株式の市場は元気ないけど社会見学的に参加しようと思った訳です。
儲かるかどうかは別として(儲けたいけど)巧く回れば、借金しなくていいし、ローンも組まなくていいし、いざというときに稼ぎ口がある訳だから、じぶんの普通とおもう生活が維持できる。
(巧く回らないと真逆になるけどね。)
後は市場が硬直しないように祈りつつ、世の中をくまなく観察すればいい。
そんなわけで、とりあえずの突破口ができたのかなあ?と。
でも投資って貯金がどれだけガシッとあるかが決め手のような気がする。しっかりコツコツ働くためにも頑張って人生に耐性をつけなくちゃ。
この夏休みのさなか、地震のせいで伊豆あたりの観光業界は大変かもしれない。前に新潟もそんな風だったらしいから、あり得る話だ。
じゃあ、おまえ伊豆の温泉でも行ってこいよ、と言われたら、いや〜、今はちょっと……とやっぱり思う。
行くならちょっと落ち着いてから、と思っちゃうなあ。自分の本音もたいていの人の本音もそうだろうな。
神様にお願いするなら『はやく地震が落ち着いて、元のにぎわいが戻りますように、行ったことない人も遊びに行く気になりますように』という感じが一番フラットかなあ。
身体はどんどん元気を取り戻してきました。よかった!。
日頃、わけわかんないこと考えて摩耗してたからなあ。
もはや引きこもりのような生活だが、何が良いって、変な目で見られたりしない。
一応空気は読めるけど、場に流されないようにして、ふつうに働いてるのだが、それでもシンドイナーと思う。
(場に流されたらふつうに働けなくなる、というのも凄い。)
じぶんの精神がおかしくなるか、仕事がテキトーになるか、という崖みたいなのがあって。
まじめに資格を生かして働いてれば結果は自然とついてくるし、心配なんかいらんと思って頑張ってきたけど、そのことでドンドン働きづらくなるとは。
でも、それが至極もっともな論理なのかというと、そうじゃないから、流されないようにしつつ、会社勤め以外の活路がないとダメだとおもって、かなり考えていたのだ。
それで、今はあんまり株式の市場は元気ないけど社会見学的に参加しようと思った訳です。
儲かるかどうかは別として(儲けたいけど)巧く回れば、借金しなくていいし、ローンも組まなくていいし、いざというときに稼ぎ口がある訳だから、じぶんの普通とおもう生活が維持できる。
(巧く回らないと真逆になるけどね。)
後は市場が硬直しないように祈りつつ、世の中をくまなく観察すればいい。
そんなわけで、とりあえずの突破口ができたのかなあ?と。
でも投資って貯金がどれだけガシッとあるかが決め手のような気がする。しっかりコツコツ働くためにも頑張って人生に耐性をつけなくちゃ。
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