暴力を振るう権利。

秋だ。過ごしやすいし、温かい飲み物が美味しいし、夏……疲れたなあとかしみじみ思う。
夏の疲れをごんごん落とそう、秋はそんなに激しい季節じゃないからワザと目にリフレッシュしないとダラダラ疲れを引きづりそう!。


先日、属しているとある団体で暴力事件があったらしい。
暴力を振るった方はもちろん脱退だとおもう。怪我したほうも、自分を曲げたり卑屈になったり『訴える!』とか言ってないらしい。

それで、残った人たちは『へえ』と話を聞いて終わりではないらしく、団体に『いかなる不満があっても暴力をふるいません』という誓約書を書かされることになったのだ。
暴力をふるいません、と団体に誓わされるわけである。
もちろん私は断った。
私には暴力を振るう権利があるから。すくなくとも正当防衛は必ずするし。


生まれ落ちたとき人は『正しいことをする権利』と『間違う権利』を持っていると思う。そのはずだ。
正しい事をしたり間違ったりして、経験を積む訳だ。そうやって人は成長するし、その人らしく生きて行ける。
その権利の一部を第三者というよりも『団体に』剥奪される訳だ。
それは人権侵害だと思う。
人権侵害は最大の暴力ではないか。
(ちなみに一番の人権侵害は殺人)

まあ、たとえば、誓約書にサインしても知らん顔して見えないところで暴力を振るうことは出来る。
知らん顔して正当防衛することもできるし。

別の面で言えば、一見平和な団体に見えるだろう。
でも『森さん殴りてえ!』と思った人が『でも誓約書にサインしちゃったからな……』と耐えるのと、『俺は殴らない。俺のために。』と思う人とでは人格の厚みが変わってくるだろう。

『いつだって殴ることが出来る!でも今は殴らない!』という選択がどれだけ人を鍛えるだろう。
そして、そのことがどれだけ人を自由にしてるだろう。
誓うのなら団体に対してではなく、自分自身に対して誓うべき。

そんなのにサインしたら、神経症になったりガンになったりするのは時間の問題だ。
食欲のないゾンビみたいになるに決まってる。

もし万一、口車に乗せられてサインしちゃった人がいるのなら、団体に交渉して『暴力を振るう権利』に該当すると思われる金額を申請して、口座に"署名手当"として振り込んでもらうべき。


こういうことを書くと、わたしも脱退になるかもしれないが、そもそもこれだけ価値観が違うと『仕方ないかな〜それも……』と思う。
もしかしたらこのブログを読んで『あの女殺す!』と発案者は思うかもしれないが、その人は既にサイン済みらしいから大丈夫だ。

昼間考えていて、すごく腹が立ったが、発案した人の価値観では、この自由な日本の国で生きて行くのはつらいだろうなー、いっそ北朝鮮とか中華人民共和国くらいの制約のある環境の方が生きて行きやすいだろう……、と想い、ちょっと気の毒になった。


追記:暴力事件を起こした人たちは、処罰とかペナルティとか受けなかったらしい。
ほんとうにバカバカしいが、いちばん馬鹿はいちいち怒った私かも。
そんな戯れ言に普通の感覚の社会人とか市民は相手にしないもんな。
みんなスルー……とはいかないかもしれないが、相手にするのも疲れるね!ごくろうさま!。

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