鈍感にならずに強くなる必要。

10時起床。陽が落ちる4時頃までには掃除を終わらせてしまいたい。
事務仕事(何で厭か解った。小さい字を書くのがイヤなのだった。単に慣れの問題と思うんだけど。自業自得とはいえ、住所や電話番号が変わると自分で覚えてられないし。)をして、ついでに詐欺ダイビングスクールの会員証兼のクレジットカードも解約の手続きをとった。
どんどんすっきりして行くぜ。

昨日の宅配便の受け取りは、土曜日の午前中と指定していたつもりだったんだが、夜間ということになっていたらしい。なので、局にとりに行かずに待つことに。
どこでハナシが行き違ったのかはともかく、持ってきてくれたおじさんは『ケータイの番号書いてあったら直接連絡できるから、そうしてほしい』と言ってくれるが、これからは早い時期に局にとりに行こう。
意外に近いしな。
宅配便の受け取りだけが、この世のシステムではないが、一つを掘り下げるとすべてに通じるというから、この世は便利になった分不便になってるというのか、そういう印象を受ける。

 
コンビニエンスストアの出現で夜道は左程怖くなくなったし(でもいま徐々に怖い時代になりつつある)店が終わってしまうまでに買い物を済ませないとダメ、店が閉まると次の営業日、営業時間を待つのが普通だったのが24×7OKになった。そこで世の中に合わせて自分の段取りを組むというのが、自分の段取りに合わせて世の中に出て行く感じにシフトしたなあと思うんだけど(類似にケータイがある。あと、なんでもググってしまうというのも。)
そこで自分をふりかえっても、本能的ににぶったなあ〜と思わざるを得ないところがある。

情報もあふれてるが、不況の意外な効用で振り回されないように注意できる。
でも、じぶんが受け手のときはともかく、サーヴィス側にたったとき、もう自分では力不足というのか、許容範囲こえてるのでついていけないよーと感じる。要望に応じきれないというか。おばさんになったというのとは別にそう思う。
根本的なとこだけ外さないようにサーヴィスするのでイッパイイッパイ。

細かいニュアンスはバッサリ切ってやるぜと強気に鈍感に開き直るんじゃなくて、でも結果そういう風に流れて行きそうな気配がある。
それって自分だけが感じてることではなくて、可成りの人が感じてることだったらどうだろう。みんなヤットコ世の中を廻してるという感じなんだろうか。

こういうとき、ごろごろして眠りたおしたり、思ってることを書き出して頭の中を整頓したり、部屋をくまなく掃除したりしないと弾力性がドンドンなくなって行く。
誰かがいないとやって行けないというのも真実だし,自分一人に立ち返らないとやって行けないというのも真実。
細かく期限をきって作業したり、出来たことにきちんと歓ぶというのもテクニックだとおもう。
それでも管理しきれないならサッと身を引かなきゃというのは本当にあるとおもう。



ビルの上にある、電飾ツリーの件。
民主党のビルかと思ってたのだが、昨日の観察では民主党の看板(点灯してたのでよく見えた)がツリーより手前なので、違うようだ。
民主党のだったら、やっぱり政教分離に抵触するのかなー、てか見えるたびに少しムカッとするので、民主党のではなくて良かった。(そこまで言うか)

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