fade out /fade in

休日6日目。
大晦日なり。

さすがに滞在時間が長いと部屋も汚れる。床を掃除するが、一瞬しか奇麗な状態って続かない。
いたずらに髪が長いのと、布団の上げ下ろしをするから、ホコリが凄いのだ。
窓も拭いたが、こちらはさすがに気持ちよさキープ。
雪が一度でも降ったらアウトだなと思いながら拭いてたけど、よかった。奇麗なまま年が越せそう。

久しぶりにマニキュアも塗った。
いつぶりだろ?、前の倉庫にいたときはやってたな。マニキュアを連日してると爪に色が沈着して黄色っぽくなってくるので、その都度休ませるんだが、その時に途切れてしまうんだな。
黄色っぽくなるのはベースコートをきちんとしてると保護されるようなので、今回はちゃんとしてみました。

自分のマニキュアの指を見てると、ずうっと昔一緒に働いてたオカジやチルを思い出す。
みんな元気かな。いい娘さんたちだった。

あと、一日のうちの思考で、奇麗について考える時間が凄く増える。
巧く塗れない、下手やな〜↓↓↓…という感じにいくんじゃなくて、もう少し奇麗にいかんか?という風に考えが移ろっていく。これは実はとても良いことなんじゃなかろうか。
常に完成型が見えてて、そこに近づけていくというのは楽しいことだ。
別に爪からはみ出してても誰も怪我したり怒鳴ったりしない。でも自分の心がけに叶った仕上がりをこっそりと目指してる。そこがいい。

大きくカテゴライズしたら『奇麗』だということには、大きな落とし穴、罠があったりする。白いものには白い色が塗ってある。そういう風に見せたいという意思がある。そこだけ見てると足をすくわれる。
でも時々、そういうミミッチさを覆して何もかもをデフォルトさせるような奇麗さもある。
汚いものが嫌われるのはそれが死のイメージを思い起こさせるからだと聞いたこともある。
森はブログのタイトルにmori(ラテン語で”死”や”暗闇”)と付けてるし、死や汚れ事を忘れて生きるのは良くないと基本思ってる。それが好きで、追い求めてるわけではないが。
合わせ鏡的に両方が存在しないとバランスが取れないのかも。

2009年はヒスばっかり起こしてた。
ヒスなんて楽しいことではない。
ここを何とかしないと本当にダメだ。それはここしばらくの休養っぷりでわかる。
もうあんまり、あーゆーのは無しにして。
無念だったことも、実は腹が立ってたということも、もうしばらくは置いておこう。
そろそろ違うアプローチでいかないとね。


ごたくはこの辺にしておいて、掃除とお節詰めをしてしまわないと。あと、買い物ね。
一年いろいろありがとう。
来年もよろしくね。

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