本日、天皇誕生日。
一般参賀に行くと言ってたが、昨日から体調が崩れてじっと安静にしてました。
ニュースでお写真を拝見しました。陛下、お幸せそうだ。お体をたいせつに楽しく過ごしていただきたい。
体調が崩れると、取りあえずレメディのオリーブとレイキ。それからしっかり目に食べて何も考えないで眠る。
低血圧だからじっとしててもしんどくなるんだが、内面が落ち着きないのでジッと眠って落ち着くのを待つ感じ。瞑想もありなんだろうけど。
なんとなく元気がでてきたが、むくみもあるので、コーヒーとか飲んでみるか。今日は湯たんぽも導入するか。
今日一日したことと言えば、ピアノのお稽古と(ハノンおもろい)炊き込みご飯を炊いたこと、友人から聞かれて厄年について調べたこと。
炊き込みご飯、今回コープでお野菜を頼みすぎたので適当に大根と油揚げと舞茸をきざんで、だし醤油で大まかな味付けして米と一緒に炊き込んでみたのだ。水加減も加熱時間も適当に、気が向いた分。気が向いただけ。
しかし、出来上がりの美味しかったこと!。これが生の野菜のマジックか。
味付けなしで大根だけたきこんだ『おしん風だいこん飯』もきっとかなり美味しいにちがいない。こんどやってみよ。
年末にはいって、2010年の出来事ベストテンとかに土鍋がランクインしそうな勢いだ。
大野に引っ越してきた時、スローライフっぽくしようとは思ったが、かなりそれっぽくなってきたぞ。
厄年については、あんまり神経質でなくなっていたので(メインのは過ぎ去ったからのう)、結構わすれていて、人にすぐさま説明出来ない。
google先生にお世話になりつつ調べましたとさ。
しかし、厄年って数え年で見るんだが、数え年をウィキペディアで調べたら『戦後間もなく使われなくなった』とかあったが、自分の子供のころまでは使ってたよ!in Nara.
おじいさん&おばあさんは数えで言うのが当然という風だったな。『わたしはいくつになります。満で言うたらいくつです。』という感じ。
まあ、学校とか親の世代では言わなかったけどね。年寄りに年を聞かれるときは『満でいくつです』『数えやったらいくつです』って言ってたよ。
ちなみに今、数えで41歳。あああああ。
数え年は、お腹のなかにいた時間も年齢にカウントするので、産まれた時点で一歳。次の正月が来たら二歳。
大晦日に産まれたら、大晦日で一歳、元旦で二歳。
正月が来る度カウントする。
で、友人は都会ッ子なのだが、奈良の田舎のねっちこいというか魔術的な世界観がどこまで説明出来るかというと、翻訳のしようがないという。しょせんムードの話なんだから必死になる必要ないんだが!葛藤するが知識が浅く、ライトな話で終わった……。
無理矢理書くと、古い日本の暦のネタだと現代の二月の節分が年の切り替えだから、厄年は節分を起点にしてたということだ。つまり、干支というやつも、切り替えは正月ではなくて節分。
さらに難儀なことに太陰暦をもとに年中行事していたころと、いまのグレゴリオ暦というものは根本的にちがう。むちゃくちゃ厳密に言ったら、太陰暦で誕生日がいつかとか換算しなくちゃいけない気がする。そもそも節分イコール太陰暦の元旦と言い切っていいのかな?。毎年ユレがあったような気がする。
その時点でお手上げになる。
ファンタジーとして、たぶん……。
自分の誕生日を太陰暦で換算し、その上で数え年をカウントし、厄年にあたってたらお払いする……というのが正しい気がする。
(暦の穴といえば。西洋占星術がおこったメソポタミア?のころの暦と現代のカレンダーは違うはず。さらに地球が丸いことになり、日付変更線なども出来た。メソポタミアの頃にはなかったワケで、何日から何日までは牡牛座〜とかいうのは、オリジナル占術からかなり応変してきたはず。要は当たってガイドになりゃいいんだが……。)
そう、暦が変わってんのに、なんとなく当たってしまう、これが問題のような気がしてきた。たんに催眠にかかってるだけなのかと思えば、『厄年のことなんて何も知らなかったけど、いまから思えばあれは酷い厄年だったなあ』なんてこともあるから、とにかく一概に言えないのだ。
だから、現代版・都会っ子向け説明だと、神社に掲示されてるように『昭和○○年うまれの人 大厄』みたいなのが一番汎用性があって腑に落ちるのだ。
納得さえできれば、お払い出来るし(しないのもokだが)、お払いしとけば、安心出来る。
気持ちの問題といえばそうなんだが……。あたらしい暦が登場してもやっぱり新・厄年が登場するだろう。もしかして、厄年に出来事が起きちゃうのは、集合意識が呼び寄せてんの?。
ミステリーだなあ。
sengoku38こと、一色正春さんが停職一年(しかし依頼退職)という処分に確定したらしい。
中国人船長は処分保留だし、海保の船の修理代は誰が持つのかも解んないし(結局日本の税金か)……。穴だらけのごり押しで『決着つけました』という感じなのか。しかし、流出がなければ中国政府はますます増長していたはずだし、その状態で朝鮮半島の緊張とかくぐり抜けるのは至難の業になってたはず。sengoku38が残した功績というのは、時が経つにつれて大きく評価されると思う。
一般参賀に行くと言ってたが、昨日から体調が崩れてじっと安静にしてました。
ニュースでお写真を拝見しました。陛下、お幸せそうだ。お体をたいせつに楽しく過ごしていただきたい。
体調が崩れると、取りあえずレメディのオリーブとレイキ。それからしっかり目に食べて何も考えないで眠る。
低血圧だからじっとしててもしんどくなるんだが、内面が落ち着きないのでジッと眠って落ち着くのを待つ感じ。瞑想もありなんだろうけど。
なんとなく元気がでてきたが、むくみもあるので、コーヒーとか飲んでみるか。今日は湯たんぽも導入するか。
今日一日したことと言えば、ピアノのお稽古と(ハノンおもろい)炊き込みご飯を炊いたこと、友人から聞かれて厄年について調べたこと。
炊き込みご飯、今回コープでお野菜を頼みすぎたので適当に大根と油揚げと舞茸をきざんで、だし醤油で大まかな味付けして米と一緒に炊き込んでみたのだ。水加減も加熱時間も適当に、気が向いた分。気が向いただけ。
しかし、出来上がりの美味しかったこと!。これが生の野菜のマジックか。
味付けなしで大根だけたきこんだ『おしん風だいこん飯』もきっとかなり美味しいにちがいない。こんどやってみよ。
年末にはいって、2010年の出来事ベストテンとかに土鍋がランクインしそうな勢いだ。
大野に引っ越してきた時、スローライフっぽくしようとは思ったが、かなりそれっぽくなってきたぞ。
厄年については、あんまり神経質でなくなっていたので(メインのは過ぎ去ったからのう)、結構わすれていて、人にすぐさま説明出来ない。
google先生にお世話になりつつ調べましたとさ。
しかし、厄年って数え年で見るんだが、数え年をウィキペディアで調べたら『戦後間もなく使われなくなった』とかあったが、自分の子供のころまでは使ってたよ!in Nara.
おじいさん&おばあさんは数えで言うのが当然という風だったな。『わたしはいくつになります。満で言うたらいくつです。』という感じ。
まあ、学校とか親の世代では言わなかったけどね。年寄りに年を聞かれるときは『満でいくつです』『数えやったらいくつです』って言ってたよ。
ちなみに今、数えで41歳。あああああ。
数え年は、お腹のなかにいた時間も年齢にカウントするので、産まれた時点で一歳。次の正月が来たら二歳。
大晦日に産まれたら、大晦日で一歳、元旦で二歳。
正月が来る度カウントする。
で、友人は都会ッ子なのだが、奈良の田舎のねっちこいというか魔術的な世界観がどこまで説明出来るかというと、翻訳のしようがないという。しょせんムードの話なんだから必死になる必要ないんだが!葛藤するが知識が浅く、ライトな話で終わった……。
無理矢理書くと、古い日本の暦のネタだと現代の二月の節分が年の切り替えだから、厄年は節分を起点にしてたということだ。つまり、干支というやつも、切り替えは正月ではなくて節分。
さらに難儀なことに太陰暦をもとに年中行事していたころと、いまのグレゴリオ暦というものは根本的にちがう。むちゃくちゃ厳密に言ったら、太陰暦で誕生日がいつかとか換算しなくちゃいけない気がする。そもそも節分イコール太陰暦の元旦と言い切っていいのかな?。毎年ユレがあったような気がする。
その時点でお手上げになる。
ファンタジーとして、たぶん……。
自分の誕生日を太陰暦で換算し、その上で数え年をカウントし、厄年にあたってたらお払いする……というのが正しい気がする。
(暦の穴といえば。西洋占星術がおこったメソポタミア?のころの暦と現代のカレンダーは違うはず。さらに地球が丸いことになり、日付変更線なども出来た。メソポタミアの頃にはなかったワケで、何日から何日までは牡牛座〜とかいうのは、オリジナル占術からかなり応変してきたはず。要は当たってガイドになりゃいいんだが……。)
そう、暦が変わってんのに、なんとなく当たってしまう、これが問題のような気がしてきた。たんに催眠にかかってるだけなのかと思えば、『厄年のことなんて何も知らなかったけど、いまから思えばあれは酷い厄年だったなあ』なんてこともあるから、とにかく一概に言えないのだ。
だから、現代版・都会っ子向け説明だと、神社に掲示されてるように『昭和○○年うまれの人 大厄』みたいなのが一番汎用性があって腑に落ちるのだ。
納得さえできれば、お払い出来るし(しないのもokだが)、お払いしとけば、安心出来る。
気持ちの問題といえばそうなんだが……。あたらしい暦が登場してもやっぱり新・厄年が登場するだろう。もしかして、厄年に出来事が起きちゃうのは、集合意識が呼び寄せてんの?。
ミステリーだなあ。
sengoku38こと、一色正春さんが停職一年(しかし依頼退職)という処分に確定したらしい。
中国人船長は処分保留だし、海保の船の修理代は誰が持つのかも解んないし(結局日本の税金か)……。穴だらけのごり押しで『決着つけました』という感じなのか。しかし、流出がなければ中国政府はますます増長していたはずだし、その状態で朝鮮半島の緊張とかくぐり抜けるのは至難の業になってたはず。sengoku38が残した功績というのは、時が経つにつれて大きく評価されると思う。
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