花が咲いたら花をみよう。

最近あんまり地震無いなあと思ってたが、自分が感じなくなってるだけで、余震だの余震ではない地震だのがばんばん起きてるのであった。ほんと感じなくなってら。

みえない圧力というか、重みがずうっと続いてて、ニュースをみたり人と話したりして原発とか地震とかについて考えている。
なんちゅうか、身体がしんどい時に、しんどいところのことを考え続けるより、すこしでも健やかなところに集中して、どん底の時期をやり過ごそうとするように、被災していない地域にはパワフルであってほしいとつくづく思う。
だからといって他人事と思われたら切ないが、東日本の西の果てに住む自分が思うことだが、全体的にしょんぼりしたら保たないよ!ということ。

だから、花見とかも自粛しなくていいんちゃうかと。どこかで気にかけてくれてたらいいと思う。それだけでいいと。
もう四月だというのに、季節が巡ったという実感が乏しい。
ひどいときだと、ご飯を食べても上の空だったりする。だから桜が咲いたら桜をみて、美しさとか開放感とかを感じて、自分の中にある美しさを思い出して元気をだしていくのって必要な行為だと思う。

原発のニュースをみてて思うのはロスが多いということで、やたらバラバラな感じがする。もう外国にも放射性物質は飛んでいってて、海にも流れ込んでる。なのに資料もたよりない。海外から支援を貰ってても断ったり、具体的な要請しないし、国内の支援物資も被災地に満足に届いてなかったりする。



あんまりにもお粗末だと思う。大変な時だから、みんなでがんばろうって本当に思ってんの?政府よ?と。東電の幹部の会見とか政府のコメントとかみて何となく感じる『ここは何とかごまかして、ごまかしつつ次の機会に挽回すりゃいいんじゃね?』みたいなムード、あれはなに。
いま正直に現実に向き合わないと、しのぐとか挽回とかないんだよといってやりたいよ。今乾電池が届けられないなら、いつ間に合うっていうんだろ。

そんなこと考えてると、未来がないような気分になるが、スズキとかダイハツが軽トラや原チャリを被災地に送ったというニュースを聞いたりすると本当にうれしい。政府にストップかけられないで、現地に届くことを祈るばかりだ(狂ってる!)

いま自分はちょっと参ってるんで大きなこととか言えないけど、少しずつでもパワーを取り戻したいところ。
仕事がんばれば、めぐりめぐって被災地の人の助けになると思ってやるとか。トラックドライバーさんにもウーロン茶もらったりチョコもらったりして励ましてもらってる。奈良に逃げるにしても、考えることとかまだまだありそう。

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