やる気はある。

すこし、湿っぽいことをかくね。

いま、しみじみ思うのだが、一番答えにくい質問は『あなた、やる気ありますか?』ということだ。
やる気というのはあって当たり前だと思うんで、ない時はかなりはっきり『あかんわ〜いらんわ〜いやんわ〜』と思うタチなのだ。
だから、自分からアプローチすることは大抵興味があるし、やる気もあるんだが、その素のまんまでいると、かなりの確率で嫌がられたり、見えないところで中傷されたりするのだ。

これがムラ社会というやつか〜……。

自分が素のまんまでいると、もしかしたら凄く威圧的なのか、脅威を抱かせる何かがあるのか、実のところは只の新米おばさんであるに関わらず、周囲と磁場があわなくて浮いたり沈んだりするということを結構繰り返してきたものだった。

なので、『やる気も興味もあるし、熱意をもって事に当たるが、しかし周囲の人の利害を侵害するものではありません』と納得してもらえるかどうかが非常に大きなポイントで、そこをクリアしないと職場や環境にいつまでたっても馴染めないのだ。

でもそれを言葉で説明したり、自己紹介で『もりで〜す、やる気あるけど、けんか売ってるんじゃないで〜す』というわけにもいかないので、すごい大変。それは今も。

人口の差だと思うが、首都圏にいたときもこの件では色んな目にあった。
ちょうど派遣切りとか、リーマンショックとか就職難とか、そういう状況もあって、中には誰かを蹴落としたらその分自分の取り分が増える……(本当はそんなことない、契約で賃金なんてきまってんだから)という感じで攻撃に励むことを『わたしがんばってるわー♡』と思ってる人も多かったのだ。

搬送してた時もそうで、搬送して賃金をもらってる手前、一生懸命に搬送してたが(当然、オマケとしてスキルが身に付く)そのやる気をどういう風にとられたのか、時には嘘の連絡事項を掴まされたりした。
そういうときは当然ヒスをおこしたり、助けてくれる人をみつけたりして、景気もヤバい時期だったから現場を切られないように、一生懸命搬送した。
生活を良くするためには、もくもくと搬送するしかなかったのだが、そのことで結構人をいらだたせたりもしていたと思う。

万人に好かれるというのは、はっきり言って無理だ。
自分だけは自分のことを放棄出来ないから、結局最後は自分をとって、やる気を出して仕事をし、危険を感じたら避難するしかない。そういう生き方なんだけど、やはり、新しい環境で『やる気ありますか?』と聞かれると困る。模範解答ってあるの?。


『あります♪、超・がんばります。稼ぎたいです!』と言えば、俺、受け入れてもらうのは難しいと思う。難しいだろうな〜をおもうが、『受け入れる、受け入れない』は判断する人の自由だから、はなっから疑念を抱きつつ自己紹介するというのは傲慢だとも思う。

書面だと、こうやって説明出来るから気が楽だよな!。
悪意はないし、興味あるからアプローチしてるんだよと。


しかし、そういう理屈さえ超えて、やる気も能力もあるが、息が合わないからイヤだと思われることも多々あり(OH……)そういうときは仕方ないよな!ちょっと甘いお酒でも飲んで頑張ろうぜ!(ほろり)。

なんでこういうデリケートなやり取りを延々と繰り返さないとダメなのか、解りやすいキャラクタを目指してんのになんてこったと愚痴りたい気分満載なのだが、このたび、近所のマッサージ屋さんにマッサージを習いにいくことにしたのでした。

やはり聞かれるね、やる気!。

ガッツはあるけど、やはりここ十年くらいに深くなったキズを感じるねー。
あと、殆どの人たちが地道にがんばってるのに何でだか物事を荒らしていくタイプのひと(慣れることを舐めることと混同してる、頑張ることを蹴落とすことと思ってる、情報をゆがめて伝えることで現場をコントロール下に置こうとする……)という人が残した影響もあるなあ。

こういうことを考えるあたり、じぶんも相当参ってるんだろう。仕事に詰めてないのは案外いいことかもしれない。

でもこういうゆがみの文化って、そろそろ終わりかも知れない。
それ以上に放射能というものは影響力があるから。

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