厳しい日々。

原発のことはもうあんまり考えないようにして、仕事探したりしようと思ってたのだが、避難してきた身の上なので、元気がなくなるとすぐ原発のことを考えてしまう毎日。

うなだれつつも仕事を探しつつ、ようやく、アルバイトをひとつはじめられそうです。地産地消の飲食店です。それだけでは食べられないので、登録バイトもします。登録バイトするっていうことで雇ってもらえたようなもんです。

前回かいたみたいに、フリーターはアルバイトできないんじゃあ?という考えは今もあって、一カ所でまとまったお給料貰えるというのがベストだとおもう。
一連のつまらん事件の中で、何となく以前からあった、『収入と仕事とは別なんじゃないか?』という考えもある。もしかしたら新手のコンプレックスかもしれないし、新しい方向性なのかも知れない。お母さん業が無職扱いとか、Fukushima50より東電社員の方が収入が良いという例もある。このことも、もう少し考えてみます。


がれき騒動のあたりから、ニュースをよんでも、日本語なのに意味が掴めずちょっと混乱することがあった。何回読んでも意味が通らない、むりやりな和訳を読んでるみたいで、概念がまったくちがう砂漠の国とか氷原の民よりもっと遠く感じた。

自分なりに出した答えというのは、例えば仏教という宗教があって、それを信仰してる人たちの文化とか歴史が一つに組み合わさって仏教文化という総合的な文化を作ったみたいに、原発文化というものが出来上がっていて、ゆるぎなく根をおろしてるんじゃないかということ。そのロジックで薪がどうの風評被害がどうのとかいうのを話してるんだなあ。

でも、自分も10年東京や神奈川にいて、TEPCOから電気を買い、そのいくつかは福島で作られ、原発作業員や地元の人のおかげもあったわけで、『何いってんのかサッパリわからん。』などと言うのはかなり身勝手なことだ。関西で暮らしてても、福井にはビックリするほど沢山の原発があるし、その恩恵にもあずかってきてた。

そうは言っても放射性物質が拡散は防止した方がいいと、ほんとうに思う。

日本の国は、どこに行っても大地震の可能性はある。そして、くまなく54基の原発がある。東京圏に人口とか資本が集中してて、地方が閑散としてどうしようもない……というのも、いち田舎もんとして知ってる。いま、福島を中心に東北、東日本の人が難儀されてるのは、日本のどこで起こってもおかしくないことだと思う。他人事ではない。

フクイチが収束してないのに関わらず、泊原発を稼働させることになったということを考えると、政府とか電力会社と言うのは反省も学習もしてない、福島の人がたいへんだとかいう同情心もないんだという意思表示なんだなと思った。
たとえば、共産圏で土地も家もみんな国のものであったら、プリピャチの人みたいにバスで逃がしてもらえるのかも知れない。でも資本主義だから逃げるのは自己責任になってる。待ってれば、ある程度はっきりした被害が出てくれば補償してもらえるかもしれないけど、健康を失ってからじゃあ遅い。
いくら原発文化があって、それ以外の世界が信じられない人でも、放射能は避けて通ってくれない。はやく逃げてほしいと思う。

どこの国でもダブルスタンダードはあると思うが、いま、放射性物質という抜き差しならんもんを撒いてしまってる以上、国際的に迷惑をかけてるのは明らかだし、それなのに泊……と思って本当ガックリ。


もう十年以上前になるけど、放送大学のスクーリングで受けた授業が最近よく思い出される。今は退職されたみたいだが、龍谷大学?の児玉昇教授の授業を何コマか受けたときのノートがいまだに手元にあるのだ。
イスラエルのことを中心に教えてもらったんだけど、国土をながらく持っていなかったユダヤの人たちの工夫というか歴史と言うか、そういうもの。国土を持たないと言うのはかなりめずらしいことだから、ユダヤ人という民族を保つためにとてつもない努力をする、国家(国籍?)は一時的なもの、他言語(方言ふくめ)話せるのは当たり前。生きる術であり、死なない術だと。むしろ日本のフレキシビリティのないのは異様なことと言えるかも……と。ノートのオチが『国家はアテにならない、組織もアテにならない、甘えない、腕を磨く』という……。

まあ、イスラエルの人と比べるのはちょっと厳しい感じもあるが、もう、ここまで来たらそのリアルな感じが……。やはりエーゴ勉強しなきゃですね。(外国に移住とかとても出来そうにないけど!)

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