あるわけねー、と思ってた2020年の夏のオリンピックが東京で開催されることになった。競合してたのは、イスタンブールとマドリード。
イスタンブールに決まれば、イスラム圏で初めてだったらしい。しかし、いまシリアの情勢などがあるから影響したのかもしれない。
マドリードかな、と私は思ってた。7年後だし、そのころにはシリアの戦争もスペインの経済状態も変わってるだろう。しかし決まったのは東京。
東京開催でネックなのはやはり放射能汚染で、プレゼンではカッコ良さげに『完全にコントロールしています』と安倍首相は述べていたが、どっちかっつーと完全にコントロールされてんのは人間のほうで、『水』というものは本当に管理が大変。重いし、状態は変化するし。
世間(web)を見渡してみたところ、決まったとあれば嬉しいものだとニコニコ顔の人が多い印象。なんといっても2011年から辛気くさい話ばかりだったからね。
オリンピックより汚染水対策だろと怒ってる人は相当いるんだが(私含め)、去年の12月と今年の7月の国会議員の選挙結果が自民党圧勝だったときのアドバンス版の消沈というか、もう汚染の情報はかなり隠蔽されてしまうんではという意見を多数見た。
実際開催されるまでのあいだ、7年の月日があるわけで、その間、海外のジャーナリストや研究者が日本大丈夫かよと多数上陸することや、実情が『そんなにかっこ良くない』と報告されることが、もしかしたら風穴を開けるかも知れない。
情けないけれど、自浄作用というのか、自力で国を脱原発とか福島の汚染地帯から子どもを疎開させるとかいう能動的な行動に結実するのは難しい運びになって来たと感ずる。
じぶんは毎週金曜日に関西電力の奈良支店前まで抗議行動に行ってるが、行くというのが心の支えにはなるけれど、政治を動かして行けるのかと言うと無理かなあと思う。
選挙で市民の声を民意として汲み取るということが、民主党政権で事実上なくなってしまった。選挙して当選したら、約束していたことと真逆なことをしていいという世の中になってしまった。抗議行動をしていると、通りすがりの人は殆ど好意的な感触を示してる。市民が運動することは無駄ではないのだろうが、すごくパーソナルなことになったきがするんだなあ。
『日本は先進国ではない』と認識することで311以後の葛藤をかなり解放したが、いま、『フクイチの事故はなかったことにされつつある』とはっきり感じている。オリンピック開催がきまったことで、都合のわるいことはニュースにならないで隠されそうだ。
それは葛藤を手放せる結論か、というと無論そうではない。暗い、黒い諒解だ。日本とどう関わればいいのか、41年も日本人をしてるのにわからなくなっている。
海外にでるぞ、とツイッタではしょっちゅう呟いてるが、それがすごくリアルになってきた。背中をおされたと思えるくらい。
ふびんなのは福島に置き去りになった人たちで、その人たちはいま、オリンピックのプレゼンで何度も何度もテレビで放映されてる『東京は原発から250キロ離れており、安全です』というアナウンスをどんな気持ちで聞いてるのか。個人の願いではあるが、一日も早く、避難して新しい生活を初めて欲しい。
いつだかブログで、9月には仕事が一本になると書いたが、紆余曲折のすえ、派遣会社にしばらく在籍することになった。2月から始めた仕事は4月の閑散期を越えることができず、また今年度の税金が思ったより高くて、しばらくハケンするべ、ということに。
ある程度貯金のマイナスがカバー出来て路銀ができれば、さっと身の回りを整頓して、海外に行こう、と思っているところです。
海外に行くって軽く言っても、家財道具どうすんのさとか、向こうで仕事あんのかよとか、第一言葉はどうすんだとか、難問はあるのだが、放射能に比べりゃ対策があるというもの。そのことを考えることが、じっさい心を明るくしてることは事実なので、善いことなのであろう。
イスタンブールに決まれば、イスラム圏で初めてだったらしい。しかし、いまシリアの情勢などがあるから影響したのかもしれない。
マドリードかな、と私は思ってた。7年後だし、そのころにはシリアの戦争もスペインの経済状態も変わってるだろう。しかし決まったのは東京。
東京開催でネックなのはやはり放射能汚染で、プレゼンではカッコ良さげに『完全にコントロールしています』と安倍首相は述べていたが、どっちかっつーと完全にコントロールされてんのは人間のほうで、『水』というものは本当に管理が大変。重いし、状態は変化するし。
世間(web)を見渡してみたところ、決まったとあれば嬉しいものだとニコニコ顔の人が多い印象。なんといっても2011年から辛気くさい話ばかりだったからね。
オリンピックより汚染水対策だろと怒ってる人は相当いるんだが(私含め)、去年の12月と今年の7月の国会議員の選挙結果が自民党圧勝だったときのアドバンス版の消沈というか、もう汚染の情報はかなり隠蔽されてしまうんではという意見を多数見た。
実際開催されるまでのあいだ、7年の月日があるわけで、その間、海外のジャーナリストや研究者が日本大丈夫かよと多数上陸することや、実情が『そんなにかっこ良くない』と報告されることが、もしかしたら風穴を開けるかも知れない。
情けないけれど、自浄作用というのか、自力で国を脱原発とか福島の汚染地帯から子どもを疎開させるとかいう能動的な行動に結実するのは難しい運びになって来たと感ずる。
じぶんは毎週金曜日に関西電力の奈良支店前まで抗議行動に行ってるが、行くというのが心の支えにはなるけれど、政治を動かして行けるのかと言うと無理かなあと思う。
選挙で市民の声を民意として汲み取るということが、民主党政権で事実上なくなってしまった。選挙して当選したら、約束していたことと真逆なことをしていいという世の中になってしまった。抗議行動をしていると、通りすがりの人は殆ど好意的な感触を示してる。市民が運動することは無駄ではないのだろうが、すごくパーソナルなことになったきがするんだなあ。
『日本は先進国ではない』と認識することで311以後の葛藤をかなり解放したが、いま、『フクイチの事故はなかったことにされつつある』とはっきり感じている。オリンピック開催がきまったことで、都合のわるいことはニュースにならないで隠されそうだ。
それは葛藤を手放せる結論か、というと無論そうではない。暗い、黒い諒解だ。日本とどう関わればいいのか、41年も日本人をしてるのにわからなくなっている。
海外にでるぞ、とツイッタではしょっちゅう呟いてるが、それがすごくリアルになってきた。背中をおされたと思えるくらい。
ふびんなのは福島に置き去りになった人たちで、その人たちはいま、オリンピックのプレゼンで何度も何度もテレビで放映されてる『東京は原発から250キロ離れており、安全です』というアナウンスをどんな気持ちで聞いてるのか。個人の願いではあるが、一日も早く、避難して新しい生活を初めて欲しい。
いつだかブログで、9月には仕事が一本になると書いたが、紆余曲折のすえ、派遣会社にしばらく在籍することになった。2月から始めた仕事は4月の閑散期を越えることができず、また今年度の税金が思ったより高くて、しばらくハケンするべ、ということに。
ある程度貯金のマイナスがカバー出来て路銀ができれば、さっと身の回りを整頓して、海外に行こう、と思っているところです。
海外に行くって軽く言っても、家財道具どうすんのさとか、向こうで仕事あんのかよとか、第一言葉はどうすんだとか、難問はあるのだが、放射能に比べりゃ対策があるというもの。そのことを考えることが、じっさい心を明るくしてることは事実なので、善いことなのであろう。
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