朝晩涼しくなって来た。
それだけで身体がずいぶん楽。
あいかわらず、生活のための仕事と語学と楽器の練習をしつつ、ふくいちのニュースを追いかけてる。
楽器と言えば8月の末にフィドルを中古で買った。フィドルというのはヴァイオリンのことなのだが、常識的に考えて41歳になって始めるものではないので、これはフィドルだからと言い換えてやってる。昔ツレに『ヴァイオリンというのは(画材で言うと)鉛筆みたいなものではないだろうか。』と言ったことがあったが、やっぱり鉛筆みたいだなと思う。ギターに比べるとなんだか、楽器というより音響装置みたいな気もする。生き物みたいに艶かしいし。
どこまでやれるか解らないが、できるだけ毎日触るようにしている。
フィドルと同時期に始めたのがスペイン語で、for dummies(訳:おばかさん向け) SPANISHを教科書に買ったのでした。アメリカの本かと思ってたけど、今みたら国際番号が44だからUKなんだな。
地中海世界に憧れがあるのと、話す人が(日本では少なくても)世界では多いということ、コンポステーラに行く時に少しでもできるといいかなという考えで。
しかし家に帰ってから疲れた頭で英文を読むというのは気力体力を要するもので、dummiesよりduolingoをポチポチしてることが圧倒的に多い。
(これは最近ツイッタでよく覗いてる@gamayauber01さんがお友達にお勧めしてるのをみてこっそり横からお知恵拝借でやってみた)
google翻訳に似てる気もするが、楽しく出来るなあとおもう。
gamayさんのアカウントを見てると、早川教授のアカウントを観て廻ってた頃とはまたちがう原発危機や世界の変動を知ることができる。有名なひとのようだが、全く知らなくてフィドルのことを調べていて何故か見つけたアカウントなのでした。
東京オリンピックが開催されるということで世界のまなざしが『ほんとうのとこ、ふくいちはどうなってんの?』と集中してるのがすごーくわかる。311以来日本人が、日本人に対してやった冷酷さとか無関心とか、真実に向き合わない傲慢さとか、そういうものが日本って中国大陸の何処にあんの?くらいの人にも知れ渡る日が近いなあ、と思う。
ああ、誤解なんだ、ウチらは真面目に思いやりの心で日々生きてるんだと大声で言い訳したくなる衝動もあるが、でもやってしまったことをなかったようには言いたくない。
放射能汚染の拡散も福島の子供を置き去りにしたことも、『経済のために原発推進』の自民党に政権を持たせたことも、ぜんぶ日本人がやったことだ。
福島の人たちが東電と日本政府に対して起こした裁判を嫌疑不十分と検察がみなし、不起訴になったり、選挙の間は耳障りのいいことを言っていても、当選した途端に正反対なことを始める政治家もいるので、裁判も選挙もだめって、この国はどうなっちゃうんだろう。
そういう不安定さを毎日見せつけられてるのに、放射能というやつは全くもってブレない存在で、世間を賑わしてる汚染水などは『高いところから低いところへ』きちんと流れている。だれにだって解る。嘘が限界まで来てるんだ。
たまに職場の人と放射能汚染について話すことがあるが、その場ではすごく放射能に対して不安を持ってるように言及してても、別の日には産經新聞の折り込みチラシをもってきてたりするので、たぶん『日本式礼儀正しさ』で私に話を合わせてくれていただけなのであろう。というか、新聞に個性があるとか考えたこともないんだろう。
自民党が国防軍を持ちたがってることも知らなかった人だし。
放射能汚染は止まない。日本に住み続けるためには除染や各原発のメンテナンスが必要で、そのための作業員をどう集めるか。そのために徴兵制をしくだろうな、誰かがやらなきゃならないんだろうな、と思ってはみても、それを若いひとたちやウチの甥っ子たちがやるのかと思うと、そんなことはさせねえ、としか思えない。このことからもさっさとケリをつけないことが、どれほど致命的な判断なのかわかる。
日本の人の思考の癖で『現実をみて考えを突き詰めない、結論を引き延ばす、誰も責任とらずほっかむり』で押し通すところなんだろうけど、相手が放射能では分が悪すぎる。
この現実に風穴があくだろうか。
いま日本で稼動してる原発はゼロ。余計な心配のたねをなくすために、再稼動は大反対だ。
それだけで身体がずいぶん楽。
あいかわらず、生活のための仕事と語学と楽器の練習をしつつ、ふくいちのニュースを追いかけてる。
楽器と言えば8月の末にフィドルを中古で買った。フィドルというのはヴァイオリンのことなのだが、常識的に考えて41歳になって始めるものではないので、これはフィドルだからと言い換えてやってる。昔ツレに『ヴァイオリンというのは(画材で言うと)鉛筆みたいなものではないだろうか。』と言ったことがあったが、やっぱり鉛筆みたいだなと思う。ギターに比べるとなんだか、楽器というより音響装置みたいな気もする。生き物みたいに艶かしいし。
どこまでやれるか解らないが、できるだけ毎日触るようにしている。
フィドルと同時期に始めたのがスペイン語で、for dummies(訳:おばかさん向け) SPANISHを教科書に買ったのでした。アメリカの本かと思ってたけど、今みたら国際番号が44だからUKなんだな。
地中海世界に憧れがあるのと、話す人が(日本では少なくても)世界では多いということ、コンポステーラに行く時に少しでもできるといいかなという考えで。
しかし家に帰ってから疲れた頭で英文を読むというのは気力体力を要するもので、dummiesよりduolingoをポチポチしてることが圧倒的に多い。
(これは最近ツイッタでよく覗いてる@gamayauber01さんがお友達にお勧めしてるのをみてこっそり横からお知恵拝借でやってみた)
google翻訳に似てる気もするが、楽しく出来るなあとおもう。
gamayさんのアカウントを見てると、早川教授のアカウントを観て廻ってた頃とはまたちがう原発危機や世界の変動を知ることができる。有名なひとのようだが、全く知らなくてフィドルのことを調べていて何故か見つけたアカウントなのでした。
東京オリンピックが開催されるということで世界のまなざしが『ほんとうのとこ、ふくいちはどうなってんの?』と集中してるのがすごーくわかる。311以来日本人が、日本人に対してやった冷酷さとか無関心とか、真実に向き合わない傲慢さとか、そういうものが日本って中国大陸の何処にあんの?くらいの人にも知れ渡る日が近いなあ、と思う。
ああ、誤解なんだ、ウチらは真面目に思いやりの心で日々生きてるんだと大声で言い訳したくなる衝動もあるが、でもやってしまったことをなかったようには言いたくない。
放射能汚染の拡散も福島の子供を置き去りにしたことも、『経済のために原発推進』の自民党に政権を持たせたことも、ぜんぶ日本人がやったことだ。
福島の人たちが東電と日本政府に対して起こした裁判を嫌疑不十分と検察がみなし、不起訴になったり、選挙の間は耳障りのいいことを言っていても、当選した途端に正反対なことを始める政治家もいるので、裁判も選挙もだめって、この国はどうなっちゃうんだろう。
そういう不安定さを毎日見せつけられてるのに、放射能というやつは全くもってブレない存在で、世間を賑わしてる汚染水などは『高いところから低いところへ』きちんと流れている。だれにだって解る。嘘が限界まで来てるんだ。
たまに職場の人と放射能汚染について話すことがあるが、その場ではすごく放射能に対して不安を持ってるように言及してても、別の日には産經新聞の折り込みチラシをもってきてたりするので、たぶん『日本式礼儀正しさ』で私に話を合わせてくれていただけなのであろう。というか、新聞に個性があるとか考えたこともないんだろう。
自民党が国防軍を持ちたがってることも知らなかった人だし。
放射能汚染は止まない。日本に住み続けるためには除染や各原発のメンテナンスが必要で、そのための作業員をどう集めるか。そのために徴兵制をしくだろうな、誰かがやらなきゃならないんだろうな、と思ってはみても、それを若いひとたちやウチの甥っ子たちがやるのかと思うと、そんなことはさせねえ、としか思えない。このことからもさっさとケリをつけないことが、どれほど致命的な判断なのかわかる。
日本の人の思考の癖で『現実をみて考えを突き詰めない、結論を引き延ばす、誰も責任とらずほっかむり』で押し通すところなんだろうけど、相手が放射能では分が悪すぎる。
この現実に風穴があくだろうか。
いま日本で稼動してる原発はゼロ。余計な心配のたねをなくすために、再稼動は大反対だ。
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