みんな一列で。






ツイッタを日がな一日眺めてたが、原発事故以外のことでは、このツイートが気になって少し考えた。

というのは職場で個人の働きぶりについて、よく話題になるから。
自分の職場は工場なので、生産管理の仕事をしてるひとならすぐピンと来るだろうけど、秒単位、分単位で作業を考えてる。

ベルトコンベアに乗って流れてくる部品にある部品を組み込むのでも、熟練と初心者では仕事のスピードも精度もちがう。新人は出来るだけ早く作業になれた方が、自分も周りも楽なので、さっと覚えるのが普通なのだが、個人によって目が良かったり悪かったり、
体調も日によって違うし、体格や体力も様々だし、怠けたい気分のときもあるし、うきうきしてるときもある。
それでも大体の品質を保てる一律のスピードと精度が体得出来ると、かなり楽なのだ。

そこまでスムーズに行く場合と、頓挫ばかりでどうしようもないときがある。
自分も性に合う作業、合わない作業はあるし、出来ない、ついていけないこともあるから、エラソーに言いたいわけじゃない。

だいたい、ついていけないな、と思ったときは『なんとかここからはずしてもらえないものだろーか』とばかり考えるか、上手な人をひたすらウォッチングしたり、教えてもらって自主練するとか研究するとか、密かにやることが多い。

軽作業、というのは直ぐに覚えられる作業ということらしい。
五体と五感があれば出来るでしょうとか、そういう感じ。
そういうところだと、けっこう自意識が邪魔になる。たんたんとやるしかない。

でもそういうことを毛嫌いする人も、中には居る。

出来ない、作業が滞ると手伝うしかない、手伝うと増長して怠ける、という人。しかしそれがボトルネックとなって後工程がメチャクチャになると、ライン作業は壊滅する。
壊滅しても、その人にリカバーする能力はない。けっきょく、ある程度できる人たちが疲弊する。という悪循環がおこる。

『やれるようになんなさいよ』

以前はすごく厳しい現場だったらしく、古参の人がめちゃくちゃ怒るので、新参者はヒーヒーいいながら仕事を覚えたらしい。
ところが、いまは『私の努力を認めて欲しいな』という人がマイペースにやるようになってきつつある。

『軽トラには350キロしかのせられへんし。』

自意識が邪魔してんだよ、そこんとこ、OFFにしろ。と言える物なら言いたいが、そのあたりのコントロールは本人にしか出来ないので、他人がどうこう言えない。ならば他人は『ポテンシャルがあるのにな』とか、おもわないで、『軽トラには350キロ』と割り切るしかないのかなーと最近思い始めた。人をコントロールなんて、するもんじゃないもの。

ところが、そこのところをなんとか言いくるめるなりなんなり、出来るように持っていくのが先輩やろ、みたいな話も出てくる。どうしたものか、と考えていたところ、上のツイートを見た。

出来ない人の理由はさまざまあるだろうけど、そこを細分化して掘り下げて、全員出来るようになりましょうという社会が日本特有なのだとしたら、これも国民性なのだろうか。

いっそのことラインごとお花畑になって欲しいが、会社は生産性を上げましょう、そしてコストカットしていきますと宣言してるし、花畑路線はなさそうだ。でも花畑化しつつあるかもしれない。

上のツイートは『バカ』と言い切ってるけど、まあ、ほかの得意分野でトップに立てるとか役に立てるとか、別の路線探しましょうということなんだと思う。

しかし一体どうしたものかなあ。


コメント