年の瀬、ということで何か書いてみたい。
今年は新しい職場にもついたし、奈良に帰ってからやっと生活が落ち着いて来たかなという印象のある一年だったけど、一年という時間のスピードをあざ笑うかのような出来事の多さで、しかも未来を暗澹と感じさせるものばかりで、じっと横風を耐える日々のようでした。
うんざりするほど書いてるけど、今年は決定的に日本という国が自他ともに認める暗黒国家になった年となった。
まだまだ市民レベルではNOと言おうというデモが繰り広げられてるし、参加者の『国会議員にfaxやハガキを送りましょう、それが本当に相手にとっては怖いものなのです!』という元気一杯の主張をみると、じぶんのネガティヴさが恥ずかしくて仕方ないくらいだ。
しかし、心の中にずっと、『この人たちは暴力ということを知らないのではないだろうか、evilということ、暗黒の巨大な力つーか、人間なんかクシャッとつぶせる情の無いパワーを知らないんではないだろうか』という声がしている。
安倍首相という人は第一次安倍内閣の幕引きの印象があるから、けっこうストレスに弱いのではないだろうかと思ってる人が多いかも知れないが、昨今のあの矛盾を一切感じてなさそうな様子を見よと言いたい。こういう混乱している時代は自分の中に矛盾を抱えてる方が負ける。
安倍首相の言ってることは『under control』をはじめとしてつじつまの合わない、その場凌ぎのことばかりだと思うが、それは表面的なことであって、自分は第二のヒトラーになるのだということに対しては矛盾がなさそうである。
なので、憲法を最後の拠り所として戦うとか、市民の声を上げるとかいうことは、至極まっとうで立派なことなのだけれど、相手を見くびってるんじゃないだろうかと思ってしまうのでした。
自分はいつまで脱原発デモに出かけるのかと常に考えてる。先日、クルド人の新聞記事を読んだけれど、彼らだって考えられる範囲で精一杯活動してるけれど、難民となって外国に出るのがファイナルアンサーというか、人間の寿命を考えたら、圧倒的に結果(良い悪いに関わらず)を出すのが早いという現実があると思う。
日本に残って、自分の生活をやりくりしつつ安倍政権にカウンタするっていうのは、じつはソフトに見えて一番直接対決することだと考えてる。
海外に出れば、まず生活自体ゼロになるわけだから、しょーもないレベルから人生やり直しになり、日本のことさえ思い出すヒマもない日々になるかも知れない。しかし、じぶんの様子をみて周りの人は(ひょっとしたら)日本の現状をいぶかしむようになるかも知れない。それが安倍政権へのカウンタにならないかというと、十分になると思う。
本当は関西、関東の線引きで避難が成立すると良かったのだが、全国の皆様の民意が自民党を選んでしまったということ、東京の汚染について公式には触れられなくなるということ(東京オリンピック)でその見通しを捨てなくてはならなくなった。とても残念な気持ちだ。
来年は(明日からだけど)少しでも資金が出来て海外に出れたらいいな、と思ってる。旅行程度かも知れんが……。
個人的にはスペイン語を始めたり、ギターを弾いたり(一向に上達しない)、フィドルを始めたりした。フリーターとしての知恵で、世の中や会社に振り回されず、自分一人で完結するものを一つでもやる、掘り下げることをやってるが、本当によかった。『放射能が安全』でもCコードはCコードなのだから。そしてそれは世界共通なのだから。
明日から新しい年だけれど、とくに個人レベルでは変わったこともなく、たんたんとやって行くと思う。いままで大変な目に沢山あったけれど、『半年後には笑い話や』と乗り切ってこれた。今回はどうか。笑い話になるだろうか。
個人的にはスペイン語を始めたり、ギターを弾いたり(一向に上達しない)、フィドルを始めたりした。フリーターとしての知恵で、世の中や会社に振り回されず、自分一人で完結するものを一つでもやる、掘り下げることをやってるが、本当によかった。『放射能が安全』でもCコードはCコードなのだから。そしてそれは世界共通なのだから。
明日から新しい年だけれど、とくに個人レベルでは変わったこともなく、たんたんとやって行くと思う。いままで大変な目に沢山あったけれど、『半年後には笑い話や』と乗り切ってこれた。今回はどうか。笑い話になるだろうか。
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