惻隠の情について。

先週、仕事中にちいさな衝撃を感じた。
端で見ていた人がいても、きっと気がつかないくらい小さな出来事だったが、じぶんにとっては、ちょっと(自分って)人間としておかしいのではないか、狂った歯車を廻しすぎで、大事なことから遠ざかりすぎではないか、と思ったのだ。

出来事、というのは仕事のさなか、ライン作業を廻してる最中に、同僚が手の甲を怪我したこと。機械にぶつけて絆創膏で何とかなるレベルだけど出血していた。
その人が、『血が出ちゃったから、絆創膏貼って来ていい?』とその場を離れることを私に告げて来て、私は振り向き様に早口で『いいよいいよ、行って来て!』と答えつつ、手元は大急ぎで作業をこなしていた。

とにかくモノを捌きつづけないと、目の前で山になっていくし、それを片付けようとしたら、もの凄くたいへんなので、とにかく仕事をため込まない、というのがセオリーなのだ。


作業員が抜けてる、ということに気がついた熟練の中国人スタッフが『どうしたの、なんでいないの?』と聞きながら、穴を埋めるために作業に入って来てくれたので、『怪我して、ちょっと血がでちゃったから、絆創膏とりに行ってる』
と説明したところへ、怪我した本人も戻って来た。

そのとき、中国人スタッフは何のためらいもなく、すたすたと怪我した本人に歩み寄って、怪我した手をそっと取って、『大丈夫か?』と聞きながら傷をフェザータッチで触れたのだった。その光景を、やっぱり仕事しながら視界の端っこで観た私は、じぶんの同情心の薄さと、社会(現場)を廻していく為に蓋をしつづけた人間性というものの膨大な量を瞬間に思い返して、『なんてこった!』と思わざるを得なかった。

いちいち頓着していたら、世の中まわらない。
時間がせまってるし、怪我をしない為にロスをしない為に、アタマをぐるぐる巡らして、段取りに継ぐ段取りをひとつひとつこなしていくしか無い。
それはもう自分のスタンダードだし、日本のスタンダードだと思う。

中国人スタッフはすぐに持ち場にもどってきて、凄まじい早さで溜まった仕事をさばき、怪我した人のフォローをして2人分の仕事をこなしてしまった。

自分の余裕を世の中に売って、ギスギスしてたのは私の勝手だが、そこまでしてても彼女のバイタリティにははるかおよばない。

根本的に、なにか考え違いをして世の中にアプローチしていたんだと思う。それが何かはまだ解らないけれど。

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