暗闇の手前のバランス。

wikipediaの反知性主義とか、愚民政策という項目を読むと、頭を抱えざるを得ない。世の中の隅々まで、しっかり浸透してるから。
安倍内閣が憲法9条に勝手な解釈を加えてしまった次の日からは、さっそく待ち構えていたように、高校3年生あてに自衛官の説明会の案内が届きだし、広島県では学校での戦争反対、原爆反対がテーマのポスター制作の授業について、教育委員会から『戦争や被曝といった言葉や記述を削るように』との指示が入るようになったり、雲行きが怪しい。世の中ってこんなに急激に変わってしまうものなのか。

日本人ひとりひとりは戦争反対でも、組織に入ってしまうと、とたんにお上になびくようになっている。これって反知性主義で、ファシズム政策のひとつだよね?。

それでも、毎日の暮らしの中、身体にしみ込んでるリズムで季節の移ろいをみせたりして、ああ悪い夢でもみてるんではないだろうか、日本でファシズムがこんなに表立つわけがない、と考えてしまう。

風景は麻酔のようだ。

一体いつからこんなことになったんだろうと、いつも思うけれど、感傷に浸るような時間は残ってなさそうだ。
完全無敵な、理想の国家なんてない。
それでもこれだけメチャクチャなことを追いはじめた国を一体どうしたらいいというんだ。

国家が国民を押さえる力と国民が国家を押さえる力のバランスは、311で見事に崩れてしまった。ある意味、無政府だし、一方では独裁政治だ。それが見慣れた風景の中、静かに進行して行く。そして後戻りはできない。

ウクライナとロシアの国境ちかくで、マレーシア航空の旅客機が何者かに(ものすごく高性能な大きなミサイルで)撃墜されたり、イスラエルがガザを本格的に攻撃し始めたりで、ここ一週間でもかなりキナ臭い。
世界大戦が起きないのが不思議なくらいだ。
でも、そうならないのは情報のネットワークが格段に良くなって歯止めになっているからだと思う。インターネットが行き渡る前なら、誰かがデマを一つ二つ放り投げれば、戦争への正当な理由を得たとして、もっと大変なことになっているだろう。

個人での人生の営みというか、けなげな積み重ねなど、一瞬で消し飛ぶフォースを政府は持っている。だから、政治に興味を持たなくちゃ駄目だ、と考えて来たけれど、このくらい物事がこじれてしまうと、こんどは『団体行動はするな、個人で動け』という処世になってくる。

半年後、今日の心配事が笑い話になってるかどうか。
薄氷を踏むような気持ちでニュースをみている。


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