雨の音を聴きながら、自分に向けられている憎しみについて考えている。
ブログやツイッタが炎上したり、実際に器物を損壊させられたり、怪我を負ったりはしてないが、ノーテンキな生活の中にも、ひやりとする感触はある。
今、思い出したのだが、倉庫で働いていた頃だから6年ほど前に引っ越しをしようと思い、不動産屋が紹介する引っ越し業者に見積もりの電話したところ(不動産屋に頼まれた)テレビが何インチか解らなくて、いいあぐねてたら、いきなり先方に電話を切られたことがあった。
電話をかけ直して来たけれど、最初の電話から一環して横柄な態度だったので、お断りしますと電話を切ったという出来事があったなあ。
たぶん、不動産屋の斡旋だから、へこへこしなくても取れる顧客と思ったんだろう。向こうは動揺してたけど、それなら最初から普通に対応しろよと。
あの応対をした娘さんは、毎日情報にまみれてて自分のことを構ってる状態になくて、更に仕事で『テレビが何インチかもわからない馬鹿』の相手もしなくてはいけないし、やってられないよということだったんだろう。
変わった人に当たっちゃったね、と15年前なら言えたけれど、今はそういう人たちの方が圧倒的におおい。
丹田が弱いというか、足が地についてないというか、許容範囲一杯まで他人にまみれてるというか、自分がお留守になってる人がマジョリティになってしまった。それがフツーなのであって、地に足がついてたり、笑顔に力があったり、技術を磨いていってるとか、そういう人は居るだけで煙たがられるようになった。
(じゃあ森は地に足ついてんのかよというと、そういう風に努力してるし、ゆえに日々心地悪い想いをしてるんだと思う。)
あの煙たがられるという現象が、煙てえな、では済まなくて攻撃対象になってるんだろう。
助けてくれ、教えてくれという声に応えても、煙たがられることも多い。あまりに多いから、きっと憎まれるだろうな〜と予想しながら、説明していたりする。
まあ、そういう人が人間として曲がってるというよりは、単に睡眠不足だったり、筋力が小さい故の安定の悪さに疲れてたり、経済的に立ち直りたいけどリボ払いが何十年も続いてるとか、そういう小さな疲労が原因だと思うのね。
それでもそういう人が増えて圧倒的に世の中にうようよしてるというのは、ぞっとする景色だと思う。
いま、また生活をかえなくてはいけない羽目になり、物事を整頓中だけれど、じぶんがどれだけ憎まれてるかということを、把握しといた方がいいのかもしれぬ、とふと思ったので、文章を書いてみた。
日本はもともと、虚実が入れ替わりやすい社会なのかもしれない。精神論で物理的限界を越えるのが『神秘の国・日本』たる由縁だからなあ。その精神的容量のすべてを、多数派に馴染まないものへの攻撃に向けてるので、集団行動が出来ない人にとっては受難の日々といえるだろう。
みんな、自分一人のところでは息抜きをしてて欲しいものです。
ブログやツイッタが炎上したり、実際に器物を損壊させられたり、怪我を負ったりはしてないが、ノーテンキな生活の中にも、ひやりとする感触はある。
今、思い出したのだが、倉庫で働いていた頃だから6年ほど前に引っ越しをしようと思い、不動産屋が紹介する引っ越し業者に見積もりの電話したところ(不動産屋に頼まれた)テレビが何インチか解らなくて、いいあぐねてたら、いきなり先方に電話を切られたことがあった。
電話をかけ直して来たけれど、最初の電話から一環して横柄な態度だったので、お断りしますと電話を切ったという出来事があったなあ。
たぶん、不動産屋の斡旋だから、へこへこしなくても取れる顧客と思ったんだろう。向こうは動揺してたけど、それなら最初から普通に対応しろよと。
あの応対をした娘さんは、毎日情報にまみれてて自分のことを構ってる状態になくて、更に仕事で『テレビが何インチかもわからない馬鹿』の相手もしなくてはいけないし、やってられないよということだったんだろう。
変わった人に当たっちゃったね、と15年前なら言えたけれど、今はそういう人たちの方が圧倒的におおい。
丹田が弱いというか、足が地についてないというか、許容範囲一杯まで他人にまみれてるというか、自分がお留守になってる人がマジョリティになってしまった。それがフツーなのであって、地に足がついてたり、笑顔に力があったり、技術を磨いていってるとか、そういう人は居るだけで煙たがられるようになった。
(じゃあ森は地に足ついてんのかよというと、そういう風に努力してるし、ゆえに日々心地悪い想いをしてるんだと思う。)
あの煙たがられるという現象が、煙てえな、では済まなくて攻撃対象になってるんだろう。
助けてくれ、教えてくれという声に応えても、煙たがられることも多い。あまりに多いから、きっと憎まれるだろうな〜と予想しながら、説明していたりする。
まあ、そういう人が人間として曲がってるというよりは、単に睡眠不足だったり、筋力が小さい故の安定の悪さに疲れてたり、経済的に立ち直りたいけどリボ払いが何十年も続いてるとか、そういう小さな疲労が原因だと思うのね。
それでもそういう人が増えて圧倒的に世の中にうようよしてるというのは、ぞっとする景色だと思う。
いま、また生活をかえなくてはいけない羽目になり、物事を整頓中だけれど、じぶんがどれだけ憎まれてるかということを、把握しといた方がいいのかもしれぬ、とふと思ったので、文章を書いてみた。
日本はもともと、虚実が入れ替わりやすい社会なのかもしれない。精神論で物理的限界を越えるのが『神秘の国・日本』たる由縁だからなあ。その精神的容量のすべてを、多数派に馴染まないものへの攻撃に向けてるので、集団行動が出来ない人にとっては受難の日々といえるだろう。
みんな、自分一人のところでは息抜きをしてて欲しいものです。
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