毎日のように更新してると、心の移ろいがよく解るなあ。
昨日は終日、昼寝したりしつつも、新生活に想いを馳せておった。思えば21歳のころ、初めて一人暮らしをしてから、実家に戻った時期も含め、なんとか生活を安定させる、というのがテーマであった。
そのわりにフリーターしてるじゃん、と言われそうだが、事情があって、今はだいぶ穏やかな人格になって来たけど、若い頃はノイローゼぎりぎりの切羽詰まり具合で、それはまあ、背負ってるもののジャンルを考えれば無理のないことであった。よくぞ発狂しなかったものだ。
今は、いくぶんオバハンになったので都合良く棚に上げると言う小手先の技を発揮出来るようになったのだ。
そんなわけで、フリーター生活の方が色んな業界を見れたし、万事好都合だったわけです。
今朝、目覚めた時に、『もう定住しようとか、思わんとこう。上京生活は311でおじゃんになったし、Uターン就職にも失敗したのだから。これからは流れ者として生きて行こう。』と思った。たぶん寮のある仕事とか、家具つきワンルームとか、ホテルに逗留とかしてやって行くんではなかろうか。
『条件付きはいつまで経っても条件付き』という個人的な箴言があるんだけど、たとえば、安倍政権にNOとか反原発とか言いつつ、日本に居るというのは成立しないのかもしれない。だから、森は今直ぐにでも、スーツケースをアマゾンでぽちって、海外引っ越しの人に最低限の荷物を預けて、イベリア半島に移るのが正しいと思う。
まだもう一寸日本に居るというのは、お金をもう少し稼いでおきたいのと、負けムードを引きずって転地したくないのね。奈良で長屋を維持しながら暮らすというのは、私にとって零細事業だったけれど、大した結果も出さぬままというのは倒産なわけよ。ぐちゃぐちゃな気持ちのまま新しいことはしたくない。
それに長屋に住んどきながら、快適な住環境を持たなかったというのは、あんまりそういう才能ないのね。情けないけど認めざるを得ない。
(東京に居た頃の収入から計算された税金はらいながら生活廻せるだけの収入が奈良で得られなかったのがキツかった。蓄えも尽きた。あの貧乏生活は忘れない。)
流れ者になって、一日一事業(一日一日一と縦書きして亘旦ですよ。)して、どのくらい深められるかが次のtryなのかもしれない。

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