大晦日!!。
大晦日という言葉は好きだなあ。家の用事を家族でやって、ひとつの目的があって、それ自体行事になってて、家の中に水も本物の火もあって、ストーブがともってて。最後にそば食べて鐘の音を聴くんだぜ。
掃除と洗濯は昨日したのだが、日常レベルの片付け。
近所(歩いて20分くらいかかるが)のスペイン石釜でパンを焼きますという店に行ってみたり。スペインならではのパンは扱ってないみたいだが、けっこう独創的な30センチ以上あるフランクのサンドなどがあり、たまに行くと楽しいかも。イートインのスペースがあって、紙コップ(小)に一杯、コーヒーを振る舞ってくれる。で、いってみたら、スツールみたいなとこに座るんかなと予想してたのに、白人のおじちゃんでもくつろげそうなデカいソファがあって、音楽はアメリカのオルタナティブロックが掛かってた。そのうち、移民の家族が2組やってきてチビちゃんと若夫婦で楽しそうに食事し始めたので、和む和む。(チビちゃん、ぜんぜんキーキー言ってなかった。すごいお利口であった。)
仕事のサイクルに入ってしまうと、仕事ばかりになるし、休みになると、普段やりたいと思ってることも放り出してダラダラしてしまうし、一体じぶんて、何がやりたいんだろなーと思ってしまう。そんな時間も本当は勿体なくて、さっとギター触るとか、布切れで縫い物するとかすれば良いだけなんだけどね。
仕事も、定時までは頭も身体もしゃんとしてるけど、残業時間に入ると、とたんに無駄な動きが増えてくる。動く前にちょっと考えるということが難しくなる。あと2〜3時間集中を保とうと思ったら、定時までの時間の効率化とか、勘を働かせられるようになるとか、法則みたいなのを掴むしかないとおもう。
それでも、ついて行けなかったら、『体力的にだめ』なんで、事情を話すしか無いよな。でもそれには及ばないとおもうけど。
いろんな職場で『こうやれば身体も楽だし、正確に早くできますよ』と仕事の説明して、無視されてきたので、そういうアドバイスがあったら飛びついて習得しようと思ってる。その時、自分の胸はちょっと痛い。あのおばちゃん達は時間つぶしに職場に来る人たちだったから、仕事が効率よくなって身体をこなすようになると、とてもではないが体力を消耗しちゃうんで、家の用事に手がまわらない、それがイヤだったんだろう。しっかり働けという森は鬼のような存在だったろう。
でも今は、若い人たちと働いてて、自分が年長者のほうだし、無視された森が感じたような想いを、若い人たちにさせたくないわけ。
はやく仕事出きるようになる必要があるし、出来るようになると思う。

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