生涯学習というけれど。

先日受験した、TOEICの結果が帰って来た。
いつもの俺なら、どんなスコアだろうがWEB上でさらして、がははと笑うところであるが、内心『自分は英語すき、得意』とか思ってた(!)手前、意気消沈するほどの低さで、試験そのものに慣れてないということを考慮しても、やはりTOEICに特化した勉強をしてる人たちに混じって、好成績を残すというのは、現実的に無理だと承知しました。

やっぱ、ながら勉強はあかん。

というか、現場で学ぶことと、机上の勉強は前者の方が良さそうに言ってもらえるものの、データの集積をするなら机上の方が圧倒的にいいわけで、試験勉強やったら尚のことやと思う。データの集積無くして、ひらめきとか思いつきが在るわけがなく、センスの良さでやってるような人でもやっぱ、見えないところで収集活動と情報の整理と技術のブラッシュアップはしているはずだ。

反省しました。

ここ一カ月ほど、やっぱ勉強せなあかんという気持ちがヒシヒシと湧いて来てて、U-CANで資格取得の為の勉強を申し込んだり、ボールペン字の練習やピアノのお稽古などをしておる。

字は台湾人に『日本人、漢字かくの下手だけど、あんた上手いね!』と褒めてもらったことがあるが、書き続けるとなるとシンドイし、字も忘れて来てるし、何事も訓練だ。

子供のころ、大人って『大人の字』を書いてて、あんな字かけるだろうかとよく子供連で話してたものだが、世間一般みわたすと、大人の字というのも変質してて、横書きが多いからか篇と旁が開きすぎの横長のぽちゃっとした字が多い。だから、いまの子供さんも『大人の字』なるものが存在することは知らないだろうし、上手くなってもせいぜいその辺という事態になるわけで、大人の地位?ってさがる一方じゃのう。

ボールペン字を書いてて思い出したのだが、お習字の教室を開いてる人の『上手くなる子って先生の側の席についてるんですよね、で、音をきいてる』という話。今はインターネットとかで教室に通わなくても、お稽古ごとは出来るけど、対面で得られることってやっぱり緻密なんだよなあ。

このことを思うと、独学あかんと短絡しそうなんだけど、社会人は仕事時間もあるし、働くと疲労して動けないし、教室に通うだけの経済力もないしという事情もあるよね。

やっぱ、学生は学生時代に勉強しときなよ〜(そこか!)。
自分はもう取り返しがつかないので、お勉強を舐めずに気楽にやろうと思います。



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